慢性的な疲労で思いやりが欠落し、自然と殺伐とした空気になる

ぼくの通う職場の空気はなぜ殺伐としているんだろうと考えると、答えは慢性的な疲労だなということに気がついた。

前日の疲れの取れぬままにまた今日の日を迎えている。みんなそうだ。十分な睡眠は取れず、肉体的な疲労も回復せず。そしてその状態というのは余裕がない状態だ。余裕がないと人は他人に優しくできない。思いやりを持てない。そんな人が集まる職場は自然と殺伐とした空気になる。

 

「今日ちょっと俺寝てないからさーあとお願い!」とかなんとか。まあぼくも最初は受け入れるしもちろん嫌でもやるけれど、やらされる理由の「寝てないから、疲れてるから」っていつもじゃんと思う。でいていつもだからこそいつもやらされる。そしていつの間にか「やらされていた上司の仕事」がぼくの仕事になっている。

例えばそのような理由の頼まれ事が週に1度くらいなら全然喜んでやる。ちょっと疲れが溜まっているんだなとか思って手助けしようとする。それが人間だ。自分にできることで喜ばれることならしたいと思う。

それがほぼ毎日だったらどうだろう。自分の仕事もあり、人の仕事もしなければならない。疲れているのがいつもだから手伝うこともいつもになる。そんなことをしているとぼくも慢性的な疲れが溜まっていくので自然に余裕がなくなり思いやりがなくなる。そして心は荒んでいく。「いつもやってあげているのに、ぼくはやってもらえない!」とか考え始めて心がねじ曲がってゆく。

そうしてぼくがやっていた仕事は下に流すことになる。「ちょっと疲れてるからさーお願い」とかなんとか言って。

こうして、上流で生まれた不具合がきっちり下流まで影響されていく。

 

最近よくブルーハーツトレイントレインが頭の中を流れる。サビの部分ではない。

弱いものたちが夕暮れ
さらに弱いものを叩く
その音が響きわたれば
ブルースは加速していく