脳研究者「やる気という言葉は、やる気のない人間によって創作された虚構

やる気というものは本来存在しないものらしい。そんな記事を読んだ。

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脳研究者「『やる気』という言葉は、「やる気」のない人間によって創作された虚構なんですよ。」

 

そもそも人間は行動を起こすとやる気が出てくる生き物らしい。まあ何と無く経験的にわかるし、最近の自己啓発本にもそのようなことが書いてあるイメージがある。

上のページでも言われているが、家事、特に掃除がそうだ。やり始めるとどんどん集中してきて最後まできちんとやらないと気が済まない、という状態までになる。「やる気がない」とダラダラしていた人間とは思えないほどに。これは単に動くだけでそうなるのだ。

「やる気がない」というのはまあ程のいい言い訳のようなものだ。やる気スイッチなる言葉があったりもするけれど、どうやらやる気というのはそもそも存在しないのだ。単に「面倒くさい」があるだけである。

「やる気がない」というのは「面倒くさい」と同義だ。面倒臭い気持ちの別の言い方である。

行動に移る前に、あれをああしてこうしてああなってこうなってと色々と考えていくうちに面倒臭い工程を何度も経なければならないことに気がつき、行動を起こすことが億劫になっていく。先送り人間の僕の日常的な思考回路だ。その結果やる気が出ない、という風に思っていた。

問題は考えるということだ。面倒臭いことに気がつく時間があり、考えてしまうことが問題なのだ。

 

最近では自分自身弱っているなと感じている。自分が好きなはずの映画鑑賞や読書など、エンタメも面倒臭いと感じる。で、その面倒臭さは「考える必要のある作品だから」という点に尽きる。映画であれば2時間集中して伏線など考えたり世界観を把握したりするというのが面倒だったりする。

そう考えているからこそ積ん読は溜まっていくしハードディスクに映画は溜まっていく。

 

そんな僕は今どうなっているのかというと、何も頭を使わなくても読める日常系の漫画を読んだりしている。それもweb上のものでアクセスしやすいものばかり。特に面白さで決めていない。なんとなくブックマークしたから更新したら読むとかそういう感じである。

ブログもそうだ。人のブログは昔よりも読むようになった。その分読書量はガクンと減ってきていると思う。作り込まれた本気のものより、さらっとしたものが読みたくなっている。それは考えるのが面倒だからかもしれない。

映画を見るのも行動だ。実際面倒だと思ってもみ始めたら最後までみる。勝手に頭は働いていく。

思考を続けるのは大事だと思うけど、どうやらそれが妨げになっているようだ。行動しなきゃ。

 

 

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