人はなぜ日常アニメを見てしまうのか。血湧き肉躍ったりしないのに

人はなぜ日常アニメを見てしまうのか。血湧き肉躍ったりしないのに。その答えがここにあった。

togetter.com

大人になると仕事の疲れを特に何も起きないアニメで吸い取ってもらわないと生きていけなくなる人が出てくるんだ。

 

僕は「ゆるキャン」というものは見ていないのだけど、一時期あらゐけいいち漫画原作の『日常』というアニメにハマったことがある。そこからいまでは定期的に日常系と呼ばれるゆるい漫画やアニメなどを見るようになった。

最近は施川ユウキの『12月生まれの少年』というゆるい4コマ漫画を机の上に常においていてたまにパラパラと読んでいる。これがとてもいい息抜きになる。

 

それまでは日常系というアニメは見たことがなかった。「何も起こらない」ということと「女子高生の日常とか見てる男きもい」と思っていたからだ。『けいおん!』とかが流行っていた時にそう思っていた。

ただ、笑えるという意味で見始めた『日常』を見ていくにつれて日常系のアニメもいいなと思い始めるようになった。日常系のアニメは何も起こらないけれど、何も起こらないという癒しがあるのだ。(でラストとかにちょっと何か起こって心がざわついてその作品が忘れられなくなる)

 

日々の生活で消耗して逃げ出したいことばかり忘れたいことばかりで現実逃避をしたい。その時に映画や漫画、アニメなどのエンタメが人を救ってくれる。ただ、それらは見るためにちょっと心のハードルが高かったりもする。複雑でドロドロした人間関係だったり巧妙な伏線だったり。あの手この手でその作品の価値を高めるために見たことのないものを提供しようと頑張っているものだ。

それらは現実逃避できて素晴らしいけど、正直それでは濃すぎるという時がある。歳を重ねてくると揚げ物が辛くなってくるような感覚に似ているかもしれない。集中したくもない、でも現実逃避したい、そんな時に頭を使わずに見れる日常系がとてもいいのだ。ありえない日常だったりするから新手のSFとしてみてるところがあるかもしれない。

 

 

僕は20代くらいまでは日常系は見ていなかった。それが最近になって見るようになった。それももしかしたら20代よりも30代の方が心が疲れているからかもしれないなと思う。

日常アニメはなんとなく、瞑想のような気がしている。じんわりと心の疲れが取れていく。