人に頼むのは気を使ってしまうのでじゃあ自分でやろうという負のスパイラル

先日、深夜番組の『さまぁ〜ず×さまぁ〜ず』を見ていたらコンビニでの買い物の話をしていた。三村と大竹は運転手がいる車通勤で、行きしなにコンビニに寄る。その時に買い物を頼む三村と、自分で買いに行く大竹がそれぞれの視点で話をしていた。

 

どこまで配慮すればいいのか

最初は、さまぁ〜ずの二人が「もし目上の人に水を頼まれたら何を買って行くか?」という話をしていた。三村はとりあえず2つ、大竹は5つ買って行くという。僕は率直に「いろはす」一択だろと思ったけれどそうではないのだ。

水、となるとまず軟水と硬水、日本人は軟水が多いけどどうだろうとか、水ひとつとっても考える要素は様々ある。目上の人に買って行く、となるとここまで考えるのだ。


この細やかな視点があるからこそ、逆に人に物を頼むときに気を使ってしまうということがあるようだ。

コンビニで人にものを頼んで、それが違ったときに「それ違うよ」という言い方に悩むらしい。買って来てくれた相手も色々考えて買って来てくれたのだろう、じゃあどうすればその相手の気持ちを損なわずに自分の意見を言えるか、というところで悩むのだ。大竹の場合はもう悩むのが嫌だから自分で買いに行くという。

こういう微妙なニュアンス、どっちでもいいけどどうせならこっち、のようなものは指摘していいものなのか悩むところだ。言い方一つで「口うるさい人だな、細かい人だな」という印象を与えてしまうだろう。

腹を立てているわけじゃない、ただ単に「違う」ということを事実として伝えたいときの言葉を持っていないのだ。否定ではあるので、伝え方に気を使う。その気持ちは僕もとてもよくわかるなあと思った。


歳をとって様々な立場を経験した結果、人に気を使うことを覚えるが、それは同時に、より考えることが増えるということだ。

三村の場合、肉まんを頼むといつもプレミアム肉まんの方を買って来てくれるらしく、自分は普通の肉まんの方がいいのに、気を使ってプレミアムを買って来てくれるもんだからとても微妙な感じなのだという話をしていた。この感じ、すごく共感した。

 

 

僕も仕事中にそういうことがある。自分でいくつも仕事は抱えられないから人に頼んだ方がいい時がある。振りたい仕事というのは新人などに任せられるような簡単な仕事、まあ雑務だ。ただそれは自分でやったほうが早い仕事でもある。だから自分で抱え込んでしまう。この結果新人は仕事を覚えられないし、僕は仕事が多くて大変ということになる。

このときにどういう説明をして仕事を頼めばいいか悩んでしまうのだ。こういう相談を同じ職場の信頼のおける先輩にしたのだけど、その人も「説明している時間を含めるとどう考えても自分がやったほうが早いから自分でやる」と言っていた。側から見てもその先輩は自分でなんでもやるしなんでもできる人で、でも、仕事を抱え込みすぎて大変そうだなと見える。

うちの会社では1年続く人がほぼいないから、それまで待ってから徐々に仕事を任せて行くのがいいんじゃなかろうかという結論になっている。

 

おわり

人に頼むのに気を使ってしまうからといって自分で全部抱え込んでしまっては無理がくる。新人はなかなか仕事を覚えられないことにもなる。とはいえ現場には新人に仕事を任せる時間の余裕はない。負のスパイラルに陥っている。

つくづく自分はコミュ障だなあと思う。