ポジティブシンキングであるべきだと囚われ過ぎている人がいてつらい

自己啓発本によく書いてあるようなポジティブシンキングはとてもいいことだと思う。前向きに生きていける重要な要素だ。落ち込んでいるときにはポジティブな人ならすぐ切り替えられるし、人からポジティブな声をかけてもらえると元気になる。

だからといって目的がポジティブシンキングになってしまっては良くないと思う。ポジティブシンキングは人生をうまく渡っていくための手段であって目的ではないのだ。

 

自分の捉え方次第で変わる

シンキング、つまり思考というのは自分でいかようにもできる。よくあるのが、コップに水が半分入っていた時に「半分も入ってるじゃんラッキー」と考えるか「半分しかないじゃんついてねーわ」と考えるかという話だ。前者がポジティブシンキングである。

コップに水が半分入っているという事実は変わらないのに、自分の捉え方一つで前向きににも後ろ向きにもとれる。だったら物事は前向きに捉えた方が生きていて楽になるよというのがポジティブシンキングを謳う自己啓発本の考え方だと思う。

 

ポジティブシンキングであるべきだと囚われ過ぎた人

ポジティブシンキングはとてもいい。とてもいいが、これが行き過ぎてしまうと物事を自分の見たいようにしか見ないようになってしまう。ポジティブシンキングはそれが可能なのだ。

 

例えば、現場作業でその現場担当者が使うべき機材を間違えて別の機材を持ってきてしまったとする。間違えたことに気がつき、その機材を用意するために他の現場に出ている部下に機材を持ってくるように要請、その間、現場の作業員は機材がないので立ち往生。しょうがないから機材が届くまでの2時間は別の機材で気合と根性のマンパワーで無駄働きをさせられる。機材が違うだけで進捗は3倍ほど違う。

機材を忘れてしまったことはしょうがない。もう二度とやらなければいいだけだ。もう二度とやらないために今回なぜ間違えたのか再発防止策を考えればいいのだ。

しかしポジティブシンキングに囚われてしまったうちの現場担当者の対応はちょっと違う。間違えたことに気がついたらすぐに「機材が間違っていたことに気がつけたからよかった」と言い出したのだ。

必要な機材を間違えて持って来てしまったことで、その日はもう何時に帰れるかわからなくなってしまった作業員が意気消沈している最中、そんなことを言ったのだ。

いやいやいやいや、お前が言うなと。そのセリフは1日の作業が終わって別の誰かが言うセリフだ。そうして笑い話にするのが落とし所だと思う。


機材をを間違えたため、現場作業員の仕事が大幅に増えた。応援要請のため他の現場も遅れが出た。この事態を担当者は自分が間違っていたことよりも間違いを気づけたという風に認識した。だから自分のミスだとも思っていないらしい。現場作業員には最後まで謝罪の言葉はなかった。

ちなみにこういうことを別の人がやらかしてしまった場合、その担当者はめちゃくちゃ責めてくる。その時にポジティブシンキングしろよと思う。


あの日はマジで最悪だった。最初はたとえ話をするつもりだったけど想いが溢れてきてしまった。

 

おわり

ポジティブシンキングは一人で完結している場合は別にいいけれど、集団行動になってくると問題がある場合もある。

事実を自分の捉え方次第で変えられるので、事実を変えてしまったり、事実の認識が人と大幅にズレることもある。そのために他の人が被害を被ることがあるのだ。

全ては自分の捉え方次第、それはそうなんだけど、事実認識が間違ってしまうと本当におかしなことになる。つらい。