「世界は死んだけど仲良くできる人たちだけでいい感じに生き残っています」=「心地よい破滅」というジャンル

今日初めて知った言葉がある。Cosy Catastrophe(コージーカタストロフィ)という言葉だ。

これは「心地よい破滅」を意味する言葉で、けものフレンズ少女終末旅行などの「滅びた世界で豊かに生きる」という概念にしっくりくると話題になっていた。

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これらはひとえに「終末もの」なんて言われていたけど、そうするとアルマゲドンとかの人類滅亡やばい一致団結で頑張ろう的なガチなやつも入って来てしまう。それでいてエヴァなどのセカイ系とも違う。

けもフレなどは「文明終わって人類いないけどまあまあ楽しく生きている」というような終末後の世界だ。終末ものとは全然違う。たしかに「心地よい破滅」がしっくりくるのだ。

 

「心地よい破滅」の定義

この言葉は第二次世界大戦後のイギリスのSF小説の間で生まれたものらしい。

「心地よい破滅」という語は、もともとイギリスのSF小説家・評論家のブライアン・オールディスが、SF史を概説した書籍『十億年の宴』の中で、当時の破滅ものSFの典型を揶揄して用いた言葉である。彼の批判した典型的な破滅ものの筋書きとは、我々の文明が崩壊し、一握りの生存者を除いてばたばたと人が死ぬ絶望的な状況にもかかわらず、主人公ら生存者たちは遠く離れた安全地帯にいて災厄を傍観していたり、無人の都市で残されたぜいたく品をあさるなどある面で楽しい冒険をしたりし、最終的には自分たちの文明観をもとにささやかなコミュニティを再建して、破滅の起こった原因や文明が滅んだ原因に対して達観した立場から考察を加える、というものだった。

当時は破滅ものSFを揶揄した言葉だったらしい。まあご都合主義すぎてありえないだろこのやろうという感じだったのだろう。確かに文章で切り取ってしまうと、心地よい破滅ものというのは「世界は死んだけど仲良くできる人たちだけでいい感じに生き残っています」というような意味なので御都合主義も甚だしい。

ただフィクションだからこういうありえないことを書くのが仕事だ。それを見て今までに感じたことのないことを感じる。それでいいのだ。

 

おわり

僕は心地よい破滅は好きだ。なぜかと考えてみるとすぐに現実逃避できるからだと思う。空想の世界にすぐに浸れるのだ。

僕は出勤前に時々「漂流教室みたいにうちの会社だけ無くなっていないかなー」などと考えるのだけど、そういう願望が表現されているのが心地よい破滅ものなのだ。

toggterにまとめられていた作品ではけものフレンズしか見たことがなかったので他の心地よい破滅ものも機会があれば見てみたいなあと思う。