小室哲哉の引退を機に文春が叩かれている気がするけど

小室哲哉が引退を表明し、やりすぎではないかと週刊文春が叩かれている。これにて、ベッキーから始まった不倫エンターテイメントの終止符となるのだろうか。

 

テレビも週刊誌も

芸能ニュースを扱うマスコミは人のプライベートにずかずか入り込んで世間にそれを晒して飯を食っている。

中でも話題性のあるスクープを連発しているのが文春なので、「不倫報道ばかりしやがって」というマスコミ批判を文春が一身に受けている気がする。

でも、文春を批判することや文春がとってきたスクープを報道しているのはテレビだ。扱っている時点で同じ土俵なのである。このブログもそうだ。

ネットでは以前からごちゃごちゃと噂話のような形で2ちゃんねるなどに書かれていたり、下世話系の雑誌に都市伝説的に語られていたようなものが今ではワイドショーの話題に上るようになってしまった。

理由は視聴率だろう。政治のニュースをやるよりも不倫報道などを放送する方が視聴率を取れるようだ。

というわけで、文春批判やそれを報道するテレビ批判はおかしい。まあ誰が誰に言っているか、だけど、視聴者が文春に文句を言っているとしたらそれは違うと思う。

結局世の中は多数決だ。多数派が勝つ。見ている人が多いのでテレビは放送する。買う人が多いので文春も廃刊にはならない。それでいいと思うし、それが現状ということだろう。

ウーマンラッシュアワーがTHE MANZAI2017で示したことが答えなのである。くだらない世の中をつくっているのは結局僕たち一人一人なのである。

slices.hatenablog.com

 

主婦「昼ドラ→お昼のワイドショー」

一方でテレビの視聴率でいうと、若い人はテレビを見ていない、とも思う。それに普通に働いている人はなかなかテレビを生で見ることはできない。

だから今視聴率を稼いでいる番組というのは高齢者が見ている番組とも言える。こういう下世話なニュースを扱うのは決まって「お昼のワイドショー」というやつだが、こんな時間帯にテレビ番組を観れるのは高齢者か専業主婦だろう。つまりその層が不倫騒動などがすきなのだ。

僕の友人が就職が決まった大学4年生の時に何もすることがなくて暇すぎて昼ドラにはまったことがあった。その時に彼は昼ドラを見る主婦の気持ちがわかったという。

昼ドラというのはなんか愛憎劇でありそれは非日常であり、あり得なさであり過剰な演技に笑ってしまうようなドラマ、というイメージだ。

で、これは暇すぎて何もやることがない人間にとって親和性があるらしい。暇すぎてそういうわかりやすいものに突っ込んだりしながら見るのがとても楽しいらしいのだ。

そう考えて見ると昨今の不倫騒動は昼ドラと重なって見える。つまり、昼ドラを見ていた主婦が現実世界に乗り出してきたんじゃないだろうか。

 

おわり

まあ、みんな暇だから見るわけである。テレビや文春は無理でも、ネットニュースでスマホで隙間時間に見れるからアクセスを稼ぐ。タイトルが気になるとポチッとしてしまう。2、3行しか読まなかったとしてもアクセスとしてカウントされるので運営側はタイトルでいかにアクセスを稼ぐかという方向へエスカレートしていき嘘も混じっていく。ネットニュースは内容を書く人とタイトルをつける人が別にいるらしい。

きっと文春は世の中の写し鏡だ。文春が売れなくなった時にはきっと世の中もマシになっていると思う。