コミュニケーション能力の高い人との仲良くなり方がわからない

世の中にはコミュニケーション能力の高い人というのがいる。初めての場でもすぐにその場に溶け込んで、みんなと仲良くできる。その場に求められているものをすぐに発揮できる。

空気を読む。空気を作る。そんな人がコミュニケーション能力の高い人だと思う。

 

僕はそれとは真逆の存在だ。全くコミュ力がない。コミュニケーション能力の高い人のただ会話の糸口であるような「今日寒いねー」などという他愛のない会話にもいちいち自分の意見を言ってしまう。

ヒートテックを2枚重ねてきているので、その瞬間に寒いと思わなかったら「いや寒くないよ」と否定で返してしまうのだ。こんな会話に事実とか本音とかいらないのに。

それでいて寒いからヒートテックを2枚重ねしているわけだし、じゃあ「今日寒いねー」は肯定できるじゃないか、何言ってんだ俺とかいうことを「いや寒くないよ」と言いながらも頭では考えていたりする。

何がどうなったんだか、いつの間にかこんなクソみたいな性格になってしまっていた。

 

そんな僕からすると、コミュニケーション能力の高い人はちょっと信用できなかったりする。

彼らはその場の空気を読むのが上手で、求められているものがわかる人たちだ。そういう人は、例えば意見を求めらた時でも、自分の意見よりも、周りに求められる正解を出すことの方を重視しているんじゃないかと僕には思える。求められているものがわかるという器用さもあるのだと思う。

そうすると、彼らの本音が僕にはわからないので信用できなかったりするのだ。

もしかしたら僕が想定しているコミュニケーション能力の高い人は実はコミュニケーション能力が高いわけではないのかもしれない。うがった見方をすれば広く浅く誰とでも仲良くできる人だ。人の話に合わせる能力の高い人だ。

「あの時ああ言っていたのに、今日は真逆のことを言っている。この人は一体どっちなんだろう」と思う。僕が見ている限りでは考え方が変わったのではなく、その場の求められているものに合わせて意見を変えているということだと思うのだ。

意見と言っても、プライベートでどうしたとか他愛のない日常会話なので取るに足らないものではあるのだけど、その意見の一貫性というか人が見えない感じがあって僕はちょっと怖くなるのだ。

まあ、口のうまい世渡り上手が苦手という簡単な話かもしれないが、そういう人がいるな、そういう人とはあまり仲良くできないな、と思っている。