欲しかったものなのにいざ手に入ったら安心して放置してしまうのはなぜなのか

ハードディスクに映画が溜まっていく。机に本が積み上がっていく。kindleのライブラリにはいつの間にか本がたくさん入っていてクラクラする。

「欲しい!」と思って手に入れたものでも、僕はすぐに手をつけずに溜め込んでしまう人間だ。映画、本、漫画、録画したテレビ番組、消費するのに時間がかかる順番で放置してしまう。

 

どうでもいいものは見るのに

たまたま家にいるときにテレビでやっていた映画とか、ネットで無料で読める漫画とか、どうでもいいものは意外にも見る。

なのに自分が満を辞して録画したものや、お金を払ったものに関しては、手に入れた後になかなか手を出さない。アホなのか俺はとたまに思う。そんなに見たいと思っていないものに時間を取られているのだ。

 

安心してとりあえず放置

欲しかったものがようやく手に入ると安心する。そしてすぐにそのタイミングで消費すればいいのだけど、映画だったら2時間取れなかったり、本だったら読みかけのものがあるし、などという状況が多くてとりあえず放置してしまう。

で、放置している間に次の欲しいものが現れたりしてどんどん積み上がっていく。積み上がっていくと順位が出来上がってきて、いつの間にか順位が下がってずーっと放置している何年か前に手に入れたものなどが出てくる。

 

何かを得ようと思うから

僕の場合、好きだと思う映画や好きだと思う本、漫画などは(好きな映画、と書こうと思ったけどまだ見てないからわからない)自分が何か得られると思うから選んでいる。

例えばブログのネタになるかとか、何か新しい考えと出会えるとか。

で、そういうことを思うと、「何かを得よう」という姿勢で見るので集中力など自分の力が結構必要になる。片手間には見られない。きちんと自分がいい状態で時間もしっかり取れる状態で見たいと思う。

そうするとそんないい状態の自分なんてほとんどいないから、あれだけ欲しかったものなのにどんどんと自分の手から遠ざかる。

 

おわり

実際、ハードディスクの中に入っている映画や、本、漫画などは目に入らないから溜まっていようが気がつかない。

けれども、机に積み上がったデータではなくモノとして存在するDVDや本や漫画を見て、今日記事に書いたようなことを定期的に考えてしまう。

人は今よりちょっといい未来を想像する。僕はそんな未来を本とか映画のまだ自分が知らない情報に託しているところがあるのかもしれない。ちょっといい未来を取っておいているのだ。

そういえば子供の頃は食べ物は自分が好きなものを最後までとっておくタイプだった。