散々悪事を働いた人類の子供がなぜ「きっとかわいい女の子」なのか

久しぶりにブランキー・ジェット・シティの『悪いひとたち』という歌を聴いた。これは1992年11月9日にリリースされたシングルで歌詞に問題があったため当時のメジャーレーベルからは発売できずインディーレーベルの東京ピストルからリリースされたシングルである。

僕は後追いだったのだけど、高校の時にこのCDを中古CDショップで発見した。当時の値段で確か5000円くらいしたと思う。なんか白いだけの何のデザインもされていない薄いマキシシングル(懐かしい響きだ)が1曲のみで5000円である。インディーなのでプレミアがついていたのだろう。興味を持ったけど手が出なかった。

とはいえこの曲はシングルを買わないと聴けないわけではなく、歌詞が修正されたものが」『C.B.Jim』という3rdアルバムに収録されている。

美しいギターの音色に乗っかるのは残酷な歌詞である。とても刺激的だったために「こんな曲は聞いたことがない」という驚きと興奮で高校生の当時はどっぷりとハマった。

そのときは歌詞の意味、特にラストの「きっとかわいい女の子だから」で締める意味がよくわからなかったしちょっと投げやりに聞こえたのだけど、今一度聴いてみるとまた違った印象があったので、今日は書く。

 

人類史を嘆く歌

悪いひとたちは人類の侵略の歴史が歌われた歌である。

悪いひとたちがやって来てみんなを殺した

悪いひとたちはその土地に家を建てて子供を産んだ

悪いひとたちの子孫は増え続けた

未開の土地を侵略しそこへ街を作り反映していく人類の貪欲さと残虐性が歌われている。真っ先にアメリカの歴史が思い浮かぶけど、他にもいろんなことを想像させられる。歴史を見れば色々な場所で起こっていることだろう。

街をつくった人たちは贅の限りを尽くす。その街は混沌と化していく。僕は最近見たNHKの『戦後ゼロ年 東京ブラックホール』という番組を思い出した。これはまさに戦後ゼロ年、1945年から1946年の東京を舞台にしたドキュメンタリードラマである。

ゼロから始まった東京を当時の資料をもとに描いていた。焼け野原の東京で月に100人でる餓死者、急速に力を持つ闇市進駐軍のための娼婦の実態など、混沌する東京が描かれていた。

映画などで戦争の悲惨さは描かれるし、その後の復興した努力の賜物は様々描かれているから知っているけど、戦後のゼロ地点はあまり描かれていない思う。僕は知らなかった。

 

きっとかわいい女の子だから

『悪いひとたち』では、そんな混沌とした社会を経て「第三次世界大戦のシナリオライターを目指している人の恋人は妊娠中で、お腹の中の赤ちゃんはきっとかわいい女の子さ」と歌われる。

そして最後まで混沌としながらも、そんな世界が祝福される。

BABY Peace Markを送るぜ このすばらしい世界へ

きっとかわいい女の子だから きっとかわいい女の子だから......

なぜ散々悪事を働いた人類の子孫を「かわいい女の子」とわざわざ持ち上げて言うのか、なぜすばらしい世界と言いピースマークで片付けてしまうのか。

これはつまり皮肉だろうと高校のころはそれほど気を止めて考えていなかったと思うけど、今改めて聞くと違う風にも受け取れるなと思った。

 

この歌詞は「悪いひとたちの子孫も悪いひとかというとそうではない」というメッセージに聞こえる。

悪いひとたちの子供だからといって同じように悪いひとになるかどうかはわからないのだ。いい親から悪い子供も生まれるし、悪い親からいい子供も生まれるし、そのどちらでもない場合もある。

子供は純粋無垢な存在だ。悪い人たちからも純粋無垢な存在が生まれる、最初は皆純粋無垢、だからこそやり直しがきく、だからこそ希望がないこともない、と聞こえる。希望がある!とまで前向きではなく、希望がないこともない、くらいに聞こえる。

 

きっとかわいい女の子だから、というフレーズは言い聞かせるように最後に何度も連呼される。それを聴いていると少し前向きになれるような、少し人生に希望が持てるような気がした。