漫才なのに「じゃあやってみましょう」でコントに入るのは漫才と言えるのか

M-1グランプリ2017が来月12月3日に放送される。暇なので今年はどんなもんかなあと思って無料で見られる準々決勝の模様をポツポツと見ていた。

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純粋な漫才だなあと思うコンビはちょっと少なかった気がする。動きがあったりコント仕立ての漫才が目についた。

 

「じゃあやってみましょう」でコントに入るのは漫才と言えるのか

漫才といえばセンターマイク一本で芸人が面白い立ち話をするというイメージだ。小道具なども一切なし。ただただ面白い立ち話をするという王道のスタイルが漫才だと思う。

しかし準決勝を見ていると、僕が見た半数くらいは最初に掴みの立ち話をしたのち、「じゃあやってみましょう」と言って役に分かれたコントを始める。

中にはセンターマイクが音をあまり拾ってくれないくらい動きのあるものもあったりした。こういうのを見ていると「このネタ、漫才でやるよりコントの方が面白いんじゃないか」と思ったりした。

コントとして演じて、簡易的でも衣装とか小道具があったほうがさらに面白くなる気がした。

 

ここでウィキペディアで漫才を調べてみよう。

漫才 - Wikipedia

主に2人組で披露される演芸・話芸。2人の会話の滑稽な掛け合いの妙などで笑いを提供する。

演芸だとすると面白ければなんでもありというイメージがある。だとすればやっぱり漫才は役に分かれたコントでもいいのか。

センターマイクもピンマイクが出てきて一般化してきた時点で意味がなくなり、現在は様式美のようなものだろう。「センターマイクでしか音声を拾ってくれないから立ち話しかない」では演芸としては自由度が低い。

漫才の意味を調べると、「じゃあやってみましょう」でコントに入る漫才も漫才であるということになる。

 

漫才コントとコントの違い

僕がさっきから言っているコントのような漫才は漫才コントという名称がある。

一番最初に思いつくのはサンドウィッチマンだろうか。M-1グランプリ2007のチャンピオンである。

まあサンドウィッチマンはうまいしネタもいいからどっちでもいいっちゃいいけど、彼らはコントの方がポップで面白い気がする。

例えば笑い飯なんかも役に分かれる漫才コントな部分があるが、「そうじゃないんだよ、俺がやるの見とけ」みたいな感じで場面設定のやり直しをするから、何度もその場面でボケられる。こういうのは漫才コントの強みだと思う。

サンドウィッチマンはそうじゃない。普通に物語が進行していく漫才コントで笑わせる。故にテンポが良くて完成度が高いけど、漫才っぽく見えない感じもある。

 

逆に言うと、コントの方が自由度が低いということにもなると思う。

コントで、例えば衣装を着てセットがあって客と店員を演じる時、変な店員を演じたとしても最後まで演じ切るしかないのだ。

漫才であるような「そうじゃないんだよ、もう一回最初からやり直せ」というツッコミはコントではできないのである。最後まで変な店員として扱わなければならない。そうしないと破綻するのだ。最初から配役が決まっていて物語が進行していくのがコントなのだ。

 

というわけで伝統的なイメージのある漫才と、なんでもあり感があるコントでは、実は漫才の方が自由度が高いということになるのだ。

 

おわり

M-1の歴代優勝者の歴史を見てみると、しゃべりで持っていく漫才の方がM-1では優勝する確率が高いのではないかと思われる。

そう考えると、M-1グランプリ2017のチャンピオンはミキかかまいたちかなあ。