好きな漫画家の同じ本を2度買ってしまった。これが老化なのだろうか。

今日、楽しみにしていた漫画が届いた。数日前にAmazonでポチっておいたものだ。

僕は漫画や本は極力電子書籍にしていきたいと思っている人間だ。とはいえ欲しい本があったらリアルとkindleと両方調べて基本的には安い方を買う。古本があるのなら電子書籍の価格よりも古本の方が安いことが多い。

でいて例外として、その作風とかで「これはリアルな本がいいな」と思ったら本で買う。滅多にないことだけど。

今回注文したのは後者で、リアルに本が欲しいのと、作品数が少ない作家だから応援という意味でも買いたいなと思って買っておいた本だ。

 

まあ、めちゃくちゃ楽しみにしていたというほどでもない。なぜならこの本は数年前に出たものだし、「まあいつか買おうかな」と放置していた本だ。

Amazonで別の漫画を検索していると、何かの検索の流れで関連としてこの本が出てきて、ふと思い出したというタイミングである。

 

届いた本を見て、とりあえずパラパラとめくって見た。

既視感。

なんたる既視感。

そう、この漫画を僕は知っている。知っていることは知っているけど中身も知っている。

なぜか?それは持っているからだ。

自分の本棚を眺めてみる。

あった。

帯も一緒だ。最新短編集とか書いてある。

まじかと。

僕は買ったことも持っていたことも忘れ、内容も忘れていたのだ。好きな作家の漫画なのに。

 

なんかぐったりきてしまった。自分の老化を感じた。そして好きってなんだよとか思った。この漫画家を僕が好きという権利はないだろう。なんせ買ったことを忘れているのだから。

同じ漫画を2度買う。こんなことは初めてだ。(小説は2回くらいある。積読が多いので)

 

読み始めると記憶が蘇ってきた。

内容はめちゃくちゃ良かった。何かが巻き起こるわけじゃないのだけど、その漫画を通して人間とか人生とか色々考えることになるような内容だった。何かこう人の思いの伝わり方とか。客観的に関係ない人の人生を通して自分の人生を振り返る主人公とか。時間が経てばまた新たな視点が得られるような素晴らしい漫画だ。

 

しかしまあ、よく考えてみると自分の本棚を眺めるということはなくなった気がする。そもそもリアルな本を手にする機会は減ったし、漫画を読み返すということもしなくなった。

本棚はただの倉庫と化している。自分の思考を作ってきたものなのに。

 

それにしてもこんな大好きな漫画家の作品を持っていたことを忘れるとはなあ。これが年をとるということなのだろうか。それとも僕が間抜けなだけか。

老化に言い訳しないで自分の間抜けさを見つめることから始めないといけない。