日本社会のグレーゾーンの象徴「法定速度」。ルールを守るかマナーを守るか

昨日の夜、車を運転していたらトラックの集団につかまった。片側2車線で道路も比較的広い国道だが、トラックの網の中に吸収されてしまったのだ。

左車線から追い抜こうとしても左車線のトラックもスピードが遅い。右車線の巨大トラックとランデブー。これでは追い抜くことはできない。

「左走るんならもっとスピード出せよなー」と思い、ちょっとイライラしてきた。信号待ちの時に気がついたのだが、トラックのコンテナの後ろのドアには「法定速度で走っています」という宣言が書いてあった。

 

法定速度で走っています。?

まあ、そうでしょうねと思った。左車線を走るには遅すぎる車だった。でも、法定速度で走るということは正しいことでもある。わざわざ「法定速度で走っています」なんて宣言する必要はないはずなのだ。

 

この辺りのグレーゾーンがあるおかげで、世の中はちょっと複雑になっていると思う。

ほとんどの人が守らない「法定速度」。中には頑固に守る人がいて、そういう車に出会うと遅くてイライラする。でも守っている人は自分は正しいと思っている。実際、ルールとしては正しい。なんなんだこの世界観。

僕も教習所でしか法定速度は守っていなかった。道路に出てしまえば法定速度プラス10kmまでならスピード違反で捕まることもない。周りの流れ、マナーに合わせると法定速度を守るは難しい。むしろ遅すぎて危ないと思ってしまう。

 

グレーゾーンの象徴

何か運用しているルールの中で、ルールとは言っても守られていないことが世の中にはあったりする。いわゆるグレーゾーンだ。そのグレーゾーンの象徴として、例題として一番しっくりくるのが法定速度だ。

「こういうルールがあるんですけど、実際のところは、、、まあ、自動車の法定速度のようなものです」みたいな感じの表現は割とある。

これが通じてしまうのだ。本当に法定速度は守られていないものだから。

 

法定速度を本当に守らせたいなら警察が片っ端から違反している車を捕まえるしかないのだと思う。捕まらないからみんな運転しやすいスピードで運転しているのだ。

つまり法定速度を守らない車があるのは警察が取り締まっていないせいだとも言える。法定速度の実態が日本社会のグレーゾーンの象徴として扱われていることに警察側はどう思っているんだろうか。

 

おわり

マナーや道徳のようなものはそこに関係する人たちがたくさん集まって、いつのまにかなんとなく決まっていくものだ。実際に行なってみて、どうやらこんな感じがうまくいくぞ、の積み重ねで出来上がったようなものだ。社会全体が決めた曖昧なルールのようなものがマナーと言える。

一方で司法側が決めているのがルールである。

そんなマナーと、ルールである部分の法定速度の乖離がありすぎるのだろうと思う。それがわかっているから警察側も積極的に取り締まりをしないのだ。

何年か前に法定速度を全体的に引き上げる、なんて話があったように思うけど、あれはどうなったんだろう。