キングオブコント2017はテレビ的には面白かったけど賞レースとしてはイマイチだった。

僕はキングオブコント2017はとても面白く見れた。ネタも良かったし、バラエティに富んでいる感じで大会全体を楽しめた。

ただ、審査員のコメントに「順番が違ったらまた違うだろうね」というようなコメントがちらほら聞かれたのがちょっと気になった。その辺について今日は書く。

 

お笑い賞レース、順番がかなり影響する問題

お笑いの大会は順番によって左右される部分が少なくない。素人でもそれはわかる。で、それはそうなんだけど、そうだからこそじゃあお笑いの賞レースって一体なんなんだろうと今大会は改めて思ってしまった。

Mー1グランプリから始まったこのお笑い賞レースは、1000万という賞金の金額が破格で年1の大会だからこそ1位に格がつくし、大会として盛り上がっている。

この大会一つで、一日で芸人の人生が180度変わることもある。そんな大会が順番に左右される要素がもし大きいんだったら、やっぱり残酷すぎる世界だなと思う。順番は運だから。

だけど、やるのだ。それはお笑い業界を盛り上げるためだ。それはとても意味のあることだと思う。

でも、だからこそ審査は順番もきちんと加味して審査して欲しいなと思う。審査員側から「順番がねー」と言われると、そりゃそうなんだから、それは言わずに審査してあげろよと思った。事実順番は関係あるけど、それを審査のコメントとして残して欲しくなかった。

 

審査員の偏り

まあ審査員を言い出すと、このキングオブコントという大会は審査員が偏りすぎだと思う。松本人志さまぁ〜ずの2人、バナナマンの2人。同じテレビの世界で活躍する同世代の芸人が審査しているわけだ。審査員のネームは強いけど、幅が狭いといのは事実あると思う。

そう考えると落語家とか漫才師とかコント師とかが揃い、年齢層も幅広かったMー1第一回の審査員は良かった。Mー1を企画した紳助はさすがだったなと思う。すごい面子が揃っていたので初回にもかかわらず、大会の価値がいきなり高いところに作り上げられた感じだ。こういう大会は審査員が大事なのだ。

初期のM-1は今振り返って思えば、漫才の1位を決める大会をテレビでやっているという感じ。今のキングオブコントはテレビでコントの一位を決めている感じ。

何が言いたいかというと、昔のMー1は目的が漫才の一位を決めることでその手段がテレビ。今のキングオブコントは目的がテレビの盛り上がりで、その手段がコント大会という感じがするのだ。目的と手段が入れ替わってしまっていると思う。


審査コメントでボケる審査員

これはなんだろう、大会を重ねているからだろうか。やっぱり審査員の幅や格だろうか。もう今ではキングオブコントの審査員は2〜3年連続で固定で、そもそもテレビでの付き合いもあるから仲良しグループといった感じになっている。

審査員がコメントでかなりボケる。審査を真剣にしておいてコメントの評価の時はボケるという仕組みが徐々に出来上がっていると思う。これはテレビ的にはとてもいいけど、大会の格としてはやっぱり下がるのだと思う。緊張感がないのだ。

本質をついたような辛辣な意見もない。まあ審査員なんて、テレビで人気商売をしている芸人からすれば全く得のない立場だから仕方なく出ているのだろうし、自分の見え方は気にするだろう。

ちょくちょく笑いを挟むから単純にコメントの本音感がなくなって、即ちそれは大会の格も下げていると思うのだ。ヒリヒリとした緊張感は皆無。

でも緊張感がありすぎると客が笑わないというし、まあ難しんだろうなあ。笑いを生み出す空気にならないだろうし、けど、だからこそそこで笑わせられる人はすごいし。やっぱりそもそも笑いを順位付けってどうなのってところに戻っていってしまう。

審査員ではバナナマンの2人、特に日村がちゃんとコメントしている感じで好印象だった。

去年あたりまではいい審査員のメンバーだったなと思っていたけど、そろそろ緊張感がなくなってきてると思う。今大会は特に気になった。テレビ的には面白かったが、お笑いの賞レースとして見るとイマイチだなと思った。