宇野常寛が『スッキリ!!』降板。日テレが右翼団体の抗議を受け宇野氏に降板通告か

日本テレビの『スッキリ!!』にコメンテーターとして出演していた宇野常寛氏が9月いっぱいでこれを降板することになったという。

表向きは秋の改編に伴ったコメンテーターの入れ替えの波でらしい。宇野氏はもう2年もやっているようだし、まあそういうこともあるだろうなという感じである。

しかしその裏には日本テレビの言論封殺の実態があるようだ。

 

宇野常寛『スッキリ!!』降板

この事実は宇野氏の怒涛のツイートと自身がやっているyoutubeの生放送で語られた。

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僕は宇野常寛氏のラジオを昔に聞いていた。確かオールナイトニッポンゼロをやっていたと思う。宇野氏はサブカルチャーの批評家で、とりわけ特撮とかドラマとかアイドルに詳しい人で、僕は趣味は違うのだけど、考え方が面白かったりするのでラジオのファンだった。

そんなラジオも終わり、続いて始まったJ-waveのラジオも終わってしまったが、いつのまにか全国ネットのテレビコメンテーターになっていた。宇野氏を初めてニコ生で見たときはその辺のオタク兄ちゃんという感じだったので、そこからのステップアップはすごいなと思った。

僕は『スッキリ!!』は見ていなかったのだけど、ちゃんと自分の意見を言う宇野氏がテレビサイズに収まるのかと言うのはちょっと疑問だった。

2年間持ちこたえたもののやっぱりはまらず、今回の降板となったようだ。で、それはやはり「テレビ的に使いにくいから」という理由のようだが、もっと細かく見ていくとテレビ業界の実態を知ることになる。

 

宇野氏が考える降板の理由

表向きには番組改編でコメンテーターの人員整理があるという理由での日テレ側から降板が伝えられたらしい。

それはもっともな理由だが、これまでいろんなことで番組側と衝突して来た宇野氏が考える降板の理由は、今年1月のアパホテルの批判問題にあるという。

 

『スッキリ!!』でアパホテルの問題を扱った際に宇野氏はアパホテル歴史修正主義だと批判したらしい。この放送後に日本テレビ右翼団体街宣車が抗議に来て大きな問題になったのだという。

これを受けた日本テレビ側のプロデューサーは宇野氏に「右翼批判は行わないように」と釘を刺したのだという。

しかし宇野氏はこれを拒否。youtube生放送で「テレビ局が街宣車にビビってコメンテーターの発言を規制するなんてことは、絶対に報道機関としてあってはならない。ぼくはそう考えて拒否しました」と語っている。最もである。

この拒否に対しプロデューサーはカメラは回ってはいないが生放送中にもかかわらず宇野氏を怒鳴りつけたこともあったらしい。

それでも折れない宇野氏はプロデューサーに謝罪と発言の自由を訴え、この要求が通らない場合自ら降板すると伝える。

しばらく平行線だったようだが、急にプロデューサーはこの要求を飲んだという。

 

なぜ急にプロデューサーの態度が変わったのか?これは宇野氏の推測ではあるようだが、日本テレビ側がことを穏便に済ませようと合作した結果であるという。

アパホテル問題がまだ話題になっているとき、右翼団体の抗議を受けてコメンテーターがクビになるという騒動が起きると、確実に炎上してしまうだろう。日テレ側はそれを見越してインターバルを置こうと考えたのではないかと宇野氏は推測している。

確かにすぐに宇野氏が辞めてしまったら、右翼団体の抗議に折れた日テレということで報道の公正中立性が問われる事態になる。これを避けるため秋のリニューアルを待って、宇野氏が降板との運びにしたのだ。

宇野氏は他でも度々炎上していたようだ。宇野氏の『スッキリ!!』のレギュラーが決まった当初は、そんな歯に衣着せぬ発言でおなじみの宇野氏をあえてテレビのコメンテーターにしようと呼んだ日テレの他の社員たちが何人かいたようだが、一人二人とだんだん減っていき今では宇野氏側の人間は番組内部にいなくなってしまったのだという。

そういうわけで宇野氏自身も今回の降板は頭にはあったという。

 

おわり

それにしても、ひどいことが行われているなあと思う。バラエティー番組なんかは何かの意図があってそれに向けてみんなで作るというようなことが必要なのはわかる。それに対し報道番組はそんなことは関係なく、ただ言論の自由がある空間であるべきだ。

日テレのテレビ制作側は「宇野の発言はテレビをつくっているスタッフ失礼だ」というロジックがあるらしい。これではバラエティー番組と同じである。『スッキリ!!』がバラエティー番組ならまだ許せるけど、これは国から権利を与えられた電波を使った報道という枠の番組である。

 

報道番組が視聴者の求めていることや視聴率を気にしていること自体がありえないとは思うのだけど、もう日本の報道はそういう文化になってしまっているのだ。