暑い日、仕事終わり、最初の一口。なぜビールはおいしさを条件付きで語られるのか?

ビールが美味しい季節になった。僕は酒を徐々にやめて行く方向に持っていきたかったけど、夏のビールのうまさには勝てず、また酒飲み街道に戻ってしまった。

 

最近こんなツイートを目にした。

togetter.com

暑い日に飲むビールはうまいとかなんだとか、ビールはおいしさを条件付きで語られることが多いと。強がっていないで実はビールは不味いんだよと言っちゃいなと。そういうツイートである。ビールが嫌いな人がビール好きをうっすらディスっているツイートだ。

 

 

ビール嫌いのビールディス

ビールを飲んでいる人は実際に旨いと思って飲んでいるわけで、強がっているという指摘はよくわからない。

ビール飲みの僕としては、いつも旨いビールが、暑い日などはさらに何割り増しかで旨くなるというだけの話だと思う。もともとの好物を空腹時に食べる方がより美味しく感じるということと一緒なのだ。

ただ、無理やり勧めてくる人がいる結果、ビールを飲む人についてうがった見方を持ってしまったんだろう。

 

共感してもらいたいという本能

では、なぜ飲めない人にビールを勧めるのだろう。これは、共感が欲しいからではないだろうか。

自分が好きなものを多くの人にも好きだと言ってもらいたいという気持ちが根幹にあるのだ。だから勧めるのだ。

僕はいい映画を見た次の日は誰彼構わず「あれ面白かったよ」と言いたくなる。人に勧めたくなるし見た人と話してみたい。見ていない人にも勧めて、「じゃあ今度見てみるわ」との返しが欲しい。

面白さを共感してもらって共有したいのだ。人間の脳の機能に備わっている「仲間をつくりたい」という部分が出ているのだろうと思う。たしか脳にはそういう仕組みがあると何かの本で読んだ。

その面白さを伝える時の言葉が、「暑い日に飲む」だったり、「最初の一口」だったり、「仕事終わりに」だったりするのだ。共感して欲しいから、どうにかして好きになってもらいたい。というわけで、いろんな表現で興味を持ってもらおうとするのだ。

 

しかし、「自分は嫌い、合わない」とすでに分かっている人にこれをしても毛嫌いされるだけである。

例えば僕自身も好みじゃない監督の映画を強烈に勧められても、勧められれば勧められるほど見たくなくなる。反動でより嫌いになっていく。

これがビールの場合、酔っ払った状態で勧められるから、さらにウザくてその悪い印象が残るのだろう。

 

 

結局ビール好きは、仲間を増やしたいという気持ちが根幹にあるのにもかかわらず、ウザいと思われ仲間をより遠ざけているのだ。

 

 

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