【自分が年取ったなぁと思う瞬間ランキング】体を動かすことがなくなり、ちょっとした着地でも怖く感じる問題。

最近は自分の歳を考えることが増えた。まだ30代だというのに健康の話をするようにもなった。健康診断で28〜9歳の時に高血圧で引っかかった時に医者に「もう若くないんだから」と言われてからのことだと思う。

 

自分が年取ったなぁと思う瞬間ランキング

6月14日放送の『もろもろのハナシ』というテレビ番組で「年取ったなぁと思う瞬間ランキング」というのをやっていた。そのランキングはこちら。

1位 人の名前や言葉がすぐに出てこない時 61%
2位 白髪やシワが増えたと感じる時 52%
3位 少しの運動で息切れや筋肉痛を起こした時 49%
4位 1年が早く感じる時 36%
5位 筋肉痛が遅れてきた時 31%

これは30代の僕でもほとんど同意するところだ。シワは気にならいけど、若い頃から白髪は多かった。今では鼻毛に白髪を発見しゾッとしている。筋肉痛は1日半くらい空いてから来る。なんか筋肉がじんわりとだるい1日があり、その先に筋肉痛の日が来る。

 

人の名前や言葉がすぐに出てこない?

けれども、1位の「人の名前や言葉がすぐに出てこない」というのだけはあまり当てはまらなかった。言葉が出ないことはあるかもしれないが、人の名前が出てこないことはない。これは僕に社交性がなく、交友関係が恐ろしく狭いからだろう。

『もろもろのハナシ』ではやはりこの1位の話題に時間を割いていた。テレビはたくさんの人が関わって作っていく仕事だ。名前を覚えられなかったり、顔と名前が一致しないなんてことはよくあるのだろう。

 

ちょっとした着地が怖い問題

さて、僕が思う自分が年とったなあ思う瞬間というのは3位が近い。大人になってから、サッカー部だった学生時代に比べると全くと言っていいほど運動をしなくなった。というわけで自分の体を動かす感覚が鈍っているのだ。それがわかっているからか、ちょっと体を動かすことに不安がある。普段と少しでも違う体の動かし方が要求されると不安になってしまう。自分の運動神経を信用できないのだ。

それは日常のちょっとしたことでもあることだ。そんなにあることじゃないけど、たまにある。わかりやすいところでいうと、ガードレールを走って飛び越えるとか。フェンスを乗り越えて着地するときとか。

最近のことだが、仕事で使っている作業車のハイエースのルーフから飛び降りることがあって、これがちょっと怖かった。絶対にできるという確信はあるのだけど、ちょっと怖さを感じてしまう。意外に高いなとか思ったりしてしまう。運動をしていた頃はこんなことで躊躇なんてなかったはずだけど、今はちょっと考える。着地の足を考える。両足の方がいいのか?それとも利き足か?なんつって。

その時は両足に決定。膝のバネで衝撃を吸収。ダンッと着地した足裏が痛かった。

多分本来の着地は最初は片足をつき、その後すぐに逆の足を使ってうまく衝撃を殺しながら着地するはずだ。スタタンッって感じで。

これは今考えた着地の方法である。運動をしていた頃はこんなことは考えたこともなかった。考えずとも自然に体は動いたはずだ。

 

体を動かす充実感を知るということ

逆に、普段体を動かさないからこそ、体を動かしたときに”楽しい”としみじみと感じることがある。若い頃は体を動かすことが楽しいなんて当たり前に知っていたし、やっていたことだ。この感覚を忘れているということがまさに、「年をとったなあ、おっさんになったなあ」ということだ。

大人になると運動目的以外では全力疾走をするというシチュエーションはまずないだろう。あって早歩き、小走りだ。

そんなことを常々思っている僕は最近、小走りしなきゃならないシチュエーションだったときに周りに誰も人がいなかったのでちょっと全力疾走に近いことをしてみた。

するとただ走っているだけなのに結構楽しかった。足で地面を蹴ることを意識すると体幹のバネを少し感じる。ここから、「よっしゃフォームを綺麗にしてみよう」とか、大人だからこそ考えてみたりしながら走った。

体力はすぐに尽きてしまって、年を取ったことを感じたし、この楽しさを忘れていたかと思ったときにも年を取ったことを感じた。けれども結構な充実感を得られた。

 

おわり

僕はまだ30代なので「年を取ったなあ」なんてことは思わない方がいいのかもしれない。気持ちから老いていってしまう感じがする。けれども、僕が見るようなお笑いバラエティは演者の高齢化によって、その年齢相応の話題になるからこういう話題も出てくるのだ。で、それを見て影響される。で、こんな記事が生まれ、年を取ったことについて考える。