【古谷実『サルチネス』全4巻】苦痛と幸せのジュースの話が心に刺さる

古谷実の『サルチネス』を読んだ。この漫画は『行け!!稲中卓球部』や『ヒミズ』などでおなじみの古谷実の漫画である。古谷実の8作目、2012~13年頃に連載されていた作品だ。

この漫画は最近のリアル路線になった古谷実の漫画の中でもちょっと違う漫画だった。

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サルチネスってどういう意味?

また独特なタイトルがついているが、今回のは前作『ヒメアノ〜ル』のような造語ではないらしい。

英語表記は『Saltiness』。ソルト。そう塩だ。日本語訳は「塩味、塩辛さ、辛辣さ」などであるらしい。

この漫画はエキセントリックな引きこもりが社会的な自立を目指す物語だ。『サルチネス』とはその過程にある人生の塩辛さを表現したタイトルなのだろう。

 

あらすじ

サルチネス』は親に捨てられた兄妹の話だ。兄は妹のために人生を捧げてきた。そして妹が立派に育ったので自分の役目は終わったと考え、あとは死ぬだけだと思っていた。

しかしそれが覆され、社会的自立を目指していく、という話。

少々ギャグ要素もあって面白い。設定が似ているので、どことなく大人版の『僕といっしょ』という感じがあった。

 

基本的にはいい人たちばかり

古谷実の漫画だから、「どこで人が死ぬんだろう」とか「こいつは実は悪いやつかもしれない」とか想像しながら読んでいったが、この漫画に出てくる登場人物は基本的には悪い人はいなかった。

これまでの古谷漫画は普通で無害で無欲な主人公が行動を起こしてみたら災難も幸せも転がり込んでくる、といった類いのものだった。

それらと比べると『サルチネス』はちょっと違う。主人公がもうエキセントリックでこいつ自体がドラマになっている。

 

主人公の中丸タケヒコは20年以上住んでいる自分の家を山梨県とだけしか把握していないような大馬鹿ものである。人生のほとんどの時間を自ら考案したくだらない修行に当ててきた。

この男はとんでもない馬鹿者だけれど、このバカな男のセリフや行動にハッとさせられるものがある。馬鹿さ加減と純粋さ加減のギャップがすごい。

あるところではズレにズレているけれど、あるところでは本当に純粋で、その純粋さは正しいと思えるのだ。

 

苦痛と幸せのジュースの話

古谷実の漫画にはちょっと哲学的な問いというのか、人生について考えさせられるセリフがある。ちょっと抜粋したい。

「苦痛」を液体にしたモノ
味はまずい 最高にまずい
一気に飲むと死亡する可能性もあるので少量に分けて飲むことをオススメする

「幸せ」を液体にしたモノ
これはうまい 最高にうまい
一気に飲むも良し 少しずつ味わうも良し

この二本を各自が毎月必ず飲み干さなければならない
もちろんその量は人によって異なる

A君は今月「苦」が半分以下で「幸」が満タンだった

Bさんは「幸」が無しで「苦」が24本送られてきた

ちなみにこの二つを混ぜると「苦」になります
多少は薄まりますが基本的には「苦」味になってしまうのです

こんなエピソードが急に入ってくる。これは主人公と18の時から母親としか喋っていないという引きこもりとの掛け合いの中のエピソードだ。

「苦」と「幸」のジュースを混ぜたら薄まる、けれども味は「苦」であるというところがポイントだ。

引きこもりに対しては、ほんの少ししか「苦」がないのにそれを飲むのが怖いから大量の「幸」で薄めて飲んでいるのではないか?という問いが投げかけられる。

僕は一応は引きこもりではないのだけど、ビンビンきた。苦痛を和らげるために、その苦痛をまっすぐ受け取らずに逃げているときってある。というか、そんなことばっかりかもしれない。そういう時ってこのジュースのように、同時に幸せも無くなっているのかもしれないなあ。はあ。

 

おわり

まだ続けることもできただろうけど、『サルチネス』は全4巻でさっぱりと完結している。まだまだ中丸タケヒコの自立の旅は続くが、無駄なく終わっているという印象がある。

笑って泣いて考えさせられる、いい漫画だった。