古谷実 原作 映画 『ヒメアノ〜ル』が伝えるメッセージが素晴らしい

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ヒメアノ〜ル』は僕が古谷実漫画を見限った作品だ。学生時代に『稲中卓球部』を友人から借りて全巻読み、それ以降『ヒミズ』、『僕といっしょ』、『グリーンヒル』、『シガテラ』、『わにとかげぎす』は自分で購入し未だに本棚に並んでいる。大好きな漫画家だった。

けれども『シガテラ』や『わにとかげぎす』から古谷実の漫画は、「冴えない主人公になぜか可愛い彼女ができる、けれどもリアル路線」というところで代わり映えがしない感じがあって、僕は『わにとかげぎす』の後半から離脱した。

ヒメアノ〜ル』も1巻はまだ本棚にあった。好きな漫画家だったから1巻は一応買ってみたのだ。これがまた、冴えない主人公が突然可愛い女の子に好かれるという展開。また同じパターンだと思って買うのをやめた記憶がある。

それでも興味はあるから映画を観てみた。するとこれが思わぬ傑作映画だった。漫画もまた買いそろえようと思った。

 

リアルな日常だからこそ怖い

AmazonにあったDVDのあらすじはこうだ。

【ストーリー】
めんどくさいから殺していい?
捕食者と被食者。この世界には、2通りの人間しか存在しない。「なにも起こらない日々」に焦りを感じながら、ビル清掃会社のパートタイマーとして働く岡田。同僚の安藤に、想いを寄せるユカとの恋のキューピッド役を頼まれて、ユカが働くカフェに向かうと、そこで高校時代の同級生・森田正一と出会う。ユカから、森田にストーキングされていると知らされた岡田は、高校時代、過酷ないじめを受けていた森田に対して、不穏な気持ちを抱くが・・・。
岡田とユカ、そして友人の安藤らの恋や性に悩む平凡な日常。ユカをつけ狙い、次々と殺人を重ねるサイコキラー森田正一の絶望。今、2つの物語が危険に交錯する。

ヒメアノ〜ル』は日常に潜む恐怖を描いている映画だ。リアルだからこそ自分の日常の延長線上として見れる。

映画では殺人鬼が後天的にどのようにして生まれるのかということがきっちりと描かれている。この殺人鬼を演じた森田剛の演技がとにかく素晴らしかった。(森田役が森田剛でもう1人の主人公が岡田というので、岡田准一がやればいいじゃんとかちょっとちらついてしまったが、岡田役の濱田岳も素晴らしかった)

殺人鬼がどうやって生まれるのかなんて実際のところどうなのかはわからないけど、妙な説得力があった。こういうケースもあるんだろうなという説得力だ。

だからこそ、怖い。身近に殺人鬼はいるのだ。

 

ラストシーンの意味

以下ネタバレあります

 

さて、この映画の真骨頂はラストシーンにある。ラスト、追い詰められた殺人鬼の森田は車で逃走する。焦って運転する森田の前に、犬の散歩をしている人が通りかかる。ほとんど無差別に何人も殺している森田なら犬など轢いてしまってそのまま逃走を続けるだろう。

しかし、森田は咄嗟にハンドルを切った。犬を轢かなかった。ここからわかるのは森田が生まれながらの殺人鬼ではないということだ。

いじめられた過去のある森田。いじめられる前に岡田くんと遊んでいた家の庭には、轢くまいとした犬とよく似た犬がいた。

 

ヒメアノ〜ル』では森田が殺人鬼になっていく過程が描かれている。森田は最初から殺人鬼ではない。1歩間違えて、徐々に殺人鬼になっていくのだ。

諸悪の根源は学生時代の「いじめ」だ。そんないじめがある前の森田は普通のゲーム好きの少年だったのだ。

一緒に遊んだ岡田と会って徐々にその時の記憶が蘇ってきたのか、まだその時の気持ちが少しだけでもあったのか、森田は犬を轢かなかった。そこで物語は完結した。

 

ここには殺人鬼を生まないために社会がどうすればいいのかというメッセージが描かれている。最後の砦は人の心。人の心に託しているのだ。森田にまだ人の心が残っていたからこそ、森田は犬を轢かず車は単独事故を起こし物語は終結した。

映画では森田以外にも殺人を犯そうとする普通の人々が描かれる。そこでは心の弱さに付け込まれた時に、間違った判断をしてしまう人間の弱さが描かれている。人間というのはあまりにも弱い心を持っている。

そんな心にならないためにどうすればいいのか?この映画を見た人ならば考えるはずだ。考えることに意味がある。

森田含め、これらの狂った行動を引き止めるのは、心身ともに健康であることや文化的であること、想像力が豊かな心なのだ。そうした心をつくるために、『ヒメアノ〜ル』という映画があったり、たくさんの文化作品がある。

この映画ではいじめが生んでしまう問題を凝縮して描いている。いじめの問題は法整備などで改革していく方法ももちろんあるだろうが、文化体験で人の心を育てていくという方法もまた、同じかそれ以上に意義があることなのだ。『ヒメアノ〜ル』はそれを実現している。

こんなメッセージを描き切っているというのは本当に素晴らしいことだと思う。

 

おわり 

映画を見た後、漫画の一巻を読み返して見たらなるほど映画とは違う。映画よりもエピソードが多い。映画の場合は焦点を絞ったことでシンプルに、そして強くメッセージが伝わってきた。

漫画は漫画でまた一山ありそうだ。名作であることは間違いない。早速買いにこうと思う。

 

 

 

おまけ

気になったところをメモ的にちょっと書く。

  • 警察が弱すぎる

森田は無計画に行き当たりばったりで人を殺していく。なので足はつきまくっているだろうけど、なかなか捕まらない。自宅のアパートが全焼して、そこから死体が発見されているのにもかかわらず、なかなか捕まらないのだ。

そんな中、森田が潜む、明らかに不審な家に調査に来た警官は森田に返り討ちにあってしまう。これがちょっとおかしい。

そもそも警官1人で聞き込み調査というのはあり得ないことなのだ。最低2人で調査するという話を聞いたことがある。実際、警官が2人で動くというのは本当かどうかはわからないが、何にが起こるかわからないし、そりゃそうだよなと納得感がある。というわけで、1人で訪れる弱そうなおっさん警官はリアリティがなかった。

ただ、森田の警官殺しでドラマ性が増すことは確かだ。この辺りの矛盾はメッセージを伝えるためにスパイスにもなっている。

まだ一方で、警察の描き方はちょっとリアルさを感じないでもない。警官というのは皆、公務員を目指して就職した普通の人なのだ。なにも正義感が人一倍強くて選ばれた人たちというわけではない。この平和な日本で殺人鬼と相対したことのある警官なんてどれくらいいるだろう。ラストシーンで森田に逃走を許してしまう警官が弱すぎるなと感じたが(人数が少なすぎ)、現実はこういうものなのかもしれない。

 

  • 女の子が可愛い

岡田くんの彼女役の女の子がめっちゃ可愛かった。佐津川愛美という人らしい。僕は知らない女優だった。

ヒメアノ〜ル』は2016年の映画だけど、僕はその存在を全く知らなかった。正直なところもっと有名な女優を抜擢すればもっと話題性が増して広告効果があったろうにと思う。

有名女優を使えなかった理由としては結構きわどいナイスなシーンがあったからかもしれない。名のある女優でベッドシーンも演じてってなると人がいなかったのではなかろうか。

それにしてもこの人は可愛かったなあ。これを機にもっと売れてほしい。原作漫画の女の子より可愛かった。個人的には2次元越えの可愛さだった。