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ネットフリックスのドラマ版『火花』は映像化の意味のある傑作。

NHKで放送されていたネットフリックスのドラマの『火花』を一気見した。終盤の8、9、10話はかなり胸にこみ上げてくるものがあった。

涙なくしては見られなかった。人生は時間が限られたものであるという悲哀が描かれていた。映像化した意味は十分にあった傑作だと思う。

 

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役者が素晴らしい

この作品、何が素晴らしいってとにかく役者陣が本当に素晴らしいと思う。僕は演技のことなんてわかっちゃいないけれど、伝わってくるものがあった。

役者の演技は、見ている人がその物語にどれだけ入れるかというためのディティールに過ぎない。ディティールだからこそ、見ている人が気になったりしてはいけないのだ。

『火花』を見ていると演技がどうだという見方ではなく、単純に物語がどうなっていくのかという風に自然に見れた。演技が気にならなかったというのは、後付けではあるがやっぱり役者陣の演技の素晴らしさの賜物だと思うのだ。

林遣都波岡一喜の主役の二人、芸人役の芸人たち、脇を固める大御所たちや他の脇役たちもすべて素晴らしかったと思う。役者の演技に関して唯一気になったのは、大御所芸人役として出ていた今田耕司がガチガチだったことくらいだ。これは笑えた。

 

ドラマ版と小説、どっちがいい?

映像は原作を超えられないなんてよく言うし、大体のものがそうだと思う。けれどもこのネットフリックス版の火花はその範疇にはないと思う。

この映像作品は原作を超える超えない関係なく、物語『火花』の別の顔といった感じで、より火花の物語の深みを増してくれる作品だ。

これを見終わってまた改めて小説『火花』を確認して小説版の良さを感じたり、映像は映像の良さを感じたりした。

 

小説は第三者視点だからこそ、芸人たちの栄枯盛衰の悲哀がものすごく伝わる。売れてから落ち込むまで、あっけなくさらっと書かれているため、儚さが妙に伝わってくるのだ。

そして最後の漫才なんかは、映像ではできない、徳永の細かな心情も同時に書かれるから、より伝わってくるものがある。この細やかさは小説ならでは。

映像は役者の迫真の演技で伝わってくる臨場感がある。そして全10話というドラマでこその尺があったための、原作にはないオリジナルエピソードがあり、これがまた素晴らしいのだ。事務所との関係の変化は本当に泣けた。分かりやすさが足されている感じだ。

映像版の方がわかりやすく描かれているし情報も多いので小説の補完になるようなところもある。それは自分が小説を読んで想像していた部分とちょっと違うものもあったけど、より受け入れやすくなっていると思う。

 

おわり

神谷の最後の変化は小説と同じく、また笑えた。小説の表現も思い出して補完しながら見れてさらに笑えた。

そう、この物語は夢と現実を突きつけたような苦しい物語だけど、最後は笑えるのだ。バッドエンドはないのだ。そこが僕はたまらなく好きなのだ。

 

 

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