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昔は大好きだったはずの音楽が、今となっては聴けなくなってしまうということ

単に飽きたから、というわけじゃない。昔は大好きだったはずの音楽を今聞き返してみると、”聴けなく”なってしまうということがある。

聴けなくなるとはどういうことか?

それは昔には気がつかなかった粗に気がついてしまい、それが気になって聴けなくなってしまうという現象だ。

 

こんなブログの記事が話題になっていた。

www.quercuswell.com

BUMP OF CHICKENのドラマーは下手くそと声高に言い放った強気なブログである。これくらいはっきりした意見を主張すれば、そりゃあ反発する人もでてきて話題になるのだろう。炎上みたいなことになっているのだろうか、コメントでは批判的な意見がたくさんあった。

まあでも、僕はこのブログ記事の言いたいことはよくわかる。プレイを細かく取り上げて突っ込んでいるのは同意できないところもあるけど、バンプのドラマーは下手な部類に入るという意見は一致している。

 

僕はバンプは聞いてこなかったけど、友人が好きだったのでちょくちょく聞く機会があった。友人はインディース時代からのバンプファンだ。

曲は詩的でいい曲が多くて好きになったけど、どうしても僕がバンプ側(自分で3000円のCDを買うほどまで)に行けなかったのは演奏の未熟さに他ならない。「もったいないなあ」と思ったのを覚えている。今一度当時のバンプの曲を聞いてみると、その気持ちはさらに強くなっている。バンプは本当にもったいない。演奏技術が魅力のバンドではないにしろ、最低限のレベルに達していないのではないかと感じる。

それでも、「K」なんかは今でもタイトルと曲調がパッと思い浮かぶくらいに当時はたくさん聞いた。演奏なんて関係なく、訴えかけてくるものがあったのだ。

 

 

ある程度歳を重ねてくると、たくさんの素晴らしい音楽に出会う。素晴らしい演奏、素晴らしいアレンジ、心地よさなどなど、本当に世の中には素晴らしい音楽が溢れている。

そういう一級品の音楽をずっと聞いていると、いつのまにか耳が肥えてくる。そうすると、10代の頃に音楽の素晴らしさを教えてくれたバンド音楽に立ち返った時に、10代の頃には聴こえてこなかった粗が聴こえてきてしまうことになる。僕は特にパンクなどの演奏技術を重視していない音楽が好きだったから、尚更なのだ。

これはなにも特別なことではなくて、単純に狭い世界しか知らなかった10代の若造が広い世界を知ったという程度のことでもあると思う。

 

さっきから僕が粗と言っているのは演奏の粗だ。それは、心地いい一体感がなかったり、キレがなかったり。テンポ感が誰か一人だけ違ったり、音色が汚かったり。昔聞いていたバンド音楽の様々なことが気になってくる。そして物足りなさを感じる。

「もっとこうしたらいいのに」とか生意気に考えてしまったりする。それが正しいかはともかく、頭に解決策が浮かんでしまうのだ。

 

かといって、無垢で何もなかった10代の自分の心に突き刺さっているものだから、全く聴けなくなるというわけでもない。1年に1度くらいはふと思い出して聞いたりする。ただその時にはやっぱり演奏の粗が気になってしまう。

もちろん粗の良さもあるが、昔のようにコンスタントには聴けなくなってしまった。

一方で、昔に聞いていた音楽でも粗を感じない音楽ももちろんある。そういういう音楽は、当時とはまた違った目線で、当時よりもさらに深く楽しめる。

 

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