曖昧な記憶。他人の方が自分のことを覚えているということがあったりする

僕は自分のことは自分が一番分かっていると思っている。多くの人がそうなんじゃないだろうか?

性格、生き方、歩んで来た道、一番分かっているのは自分だ。逆に言えば、他人は僕なんかには興味はないから、わかるわからない以前の問題でもあったりする。

けれども、自分について他人の方がよく覚えているということもある。

 

学生時代に仲が良かった友人との話だ。彼とは音楽や漫画などの趣味がよく合ったので定期的に遊んでいた。情報交換をしたり、互いの家に入り浸って漫画を読んだり。彼が就職して地方に行った今はその機会は激減してしまったが、2年に一度くらいは合っている。

久しぶりに彼と会うと、彼はまあよく喋る。個性的で面白いやつなので近況を話しているだけでも面白くて何時間でも話し込んでしまう。普段、メールや電話で連絡は取り合わないから話すことはたくさんあるのだ。このように一気に情報交換するのは、漫画の一気読みに似た感覚がある。

「前回はいつ合ったっけ?」という話になった。何年前かなーとポツポツと過去の話になる。すると不意に彼が

「そういえばだんきちさんどうなった?」と聞いてきた。

僕は一瞬、彼がなんのことを言っているのか理解できなかった。だんきちさん?団吉さん?そんなやつ、いたっけ?

3秒くらい時が止まった後、思い出した。団吉さんとは、僕が以前飼育していたウーパールーパーの団吉さんだ。

団吉さんはもう死んでしまっていて、僕の部屋からは水槽すらなくなっていた。彼が団吉さんと言い出すまで僕は完全に忘れていた。

 

彼が団吉さんの思い出を話し始めた。ちょうど飼い始めの頃で、僕にとっては初めてのアクアリウムだったということもあって色々大変だったなあという記憶が蘇ってきた。

彼によって詳細に語られる団吉さんの思い出は、僕の中の記憶では薄れてしまっているものだった。というかほとんど記憶がなかった。彼の方が団吉さんを飼い始めた頃の記憶は鮮明なのだ。

その時期の話になり、お前はあの時ああだった、あんなことを言っていた、などと僕自身のことも言われたが、僕は覚えていないことばかりだった。

彼の記憶の中の僕は、一時期団吉さんに夢中になっていた時期の僕なのだ。

 

彼と話していると、なんだか昔の自分と出会ったような気がして不思議な気持ちになった。

僕の中での団吉さんの記憶で強く残っているのは、彼が話した飼い始めの頃ではなくて、大きくなってからのものだ。エサとまったく同じようなウンコをしていたり、メダカを丸呑みして飲み込めずにずっと佇んでいる姿だったり、そして徐々に動かなくなり最後に死んでしまう時の悲しみだったり。

僕はこうして団吉さんとともに過ごした3年間があるが、彼の団吉さんは飼い始めた頃の一日だけのものだ。だからこそ彼はその一日を鮮明に覚えているのだ。その一日の出来事は僕より彼の方がよく覚えている。その時の僕が何を話し、何を考えていたかということも彼の方が覚えている。他人の方が自分のことを覚えているのだ。

 

これ、小さなことが日常でもたくさん起こっていると思う。それでいて、ネガティブなものが多いような気がする。「あの人あの時ああ言ってたのに!」みたいな感じで。

その時の発言は、その日の結論でしかない。人は常に変わり続けている。だから発言も変わってく。そうやって変わり続ける様を見ていれば自然に理解できるのだろうけど、間を置いてある日突然、徐々に変わり続けた意見を持ったその人にあったら、「前言ってたことと違うじゃん!」ってなことになるのだと思う。

 

それはともかく、自分の記憶なんてものは本当に曖昧なものなんだなと、その時思った。大好きで世話していた団吉さんだったのに、彼が言うまでまったく忘れていた。そしてこれももう何年も前の話だ。自宅の倉庫に眠っている埃をかぶった水槽を見て、この話を思い出した。

 

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