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高野秀行『異国トーキョー漂流記』でハッピーエンドの悲しみを噛みしめる。

高野秀行の『異国トーキョー漂流記』を読んだ。僕は高野秀行の本は2冊目だ。テレビ番組の「クレイジージャーニー」の出演で最近知ったばかりだが、大好きな作家だ。

 

高野秀行『異国トーキョー漂流記』

高野秀行は世界を旅しているノンフィクション作家でありルポライターである。高野の本をAmazonでさらっと検索してみても、ブータンソマリランドアマゾン川、アジア納豆、など、ちょっと冒険感のある地へ赴き、そこで肌で感じた実態をレポートしている。

そんな中でも僕が今回読んだ『異国トーキョー漂流記』はちょっと異色かもしれない。この本は世界を旅する高野秀行が東京で出会った外国人とのエピソードを綴っている本のなのだ。

東京で彼ら外国人と会うと、東京が異国になり「トーキョー」になるのだと高野はいう。

 いつもそうなのだが、なぜか外国人と一緒にいると、目に映る風景も外国人のものになる。東京がトーキョーになる。ティッシュ配りの若者や電話会社の店頭で歌をうたってキャンペーンをしている女の子を指差し、ウエキが首をひねる。すると説明しながら私もやはり「妙なことをしてるな」と首を捻りたくなるのだ。

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内容紹介
「私」には様々な国籍のユニークな外国人の友だちがいる。日本に「自分探し」に来たフランス人。大連からやってきた回転寿司好きの中国人。故国を追われたイラク人etc…。彼らと彷徨う著者の眼に映る東京は、とてつもなく面白く、途方もなく寂しく、限りなく新鮮なガイコクだ。愉快でカルチャー・ショックに満ち、少しせつない8つの友情物語。 

 

クレイジージャーニーも最初は普通の人だった

クレイジーな人が集まるテレビ番組「クレイジージャーニー」にまで出演し、世界を旅して本を書いて生計を立ているという破天荒な人生を歩んでいる高野秀行。そんな彼も若い頃はふつうのまじめな日本人だったらしい。

 私は「とにかく日本を飛び出さねば……」という思いでいっぱいだった。日本の社会が嫌だったからである。といっても、よくあるように、日本の画一的な社会に個性的な自分が合わないというわけではない。

 逆だ。私の体質が日本社会に合いすぎるのだ。

 私は子どもの頃から「まじめだ」「おとなしい」「協調性がある」などと言われて、優等生路線を歩み、名門と呼ばれる大学までたどりついたが、自分としてはもううんざりだった。だいたい、将来を考えてみるとどうか。このままで行くと、大学を卒業し、どこかの企業に就職し、「まじめだ」「おとなしい」「協調性がある」と言われて、会社でほどほどに重宝され、やがて時は過ぎて、定年を迎える……。そんなシナリオが目に見えた。

 冗談じゃない、と私は思った。

冗談じゃないと思ったところから高野の破天荒で楽しい人生が始まる。僕は、普通の人生に冗談じゃないと待ったをかけた高野の気持ちに完全に同意する。

僕も同じだった。高野ほど優等生ではないけど、普通に高校まで行った。90%以上が大学進学をする高校で、将来について考え、高野と同じことを思い、一般的な多数派のレールから外れた。

今僕は高野のように好きに生きていけるほどの力は全くない。フリーターで生計を立てる毎日だ。「普通に大学に行って就職していたらどうなっていたのかなあ」なんて思うこともたまにある。しかしレールを外れたことに後悔はしていない。好きなことに時間を使えて、毎日発見がある楽しい生活を送れている。

 

上に抜粋した文章は第1章の「日本をインド化するフランス人」に出てくるのだが、ここではやりたいことを追い求める者の人生が描かれている。このエピソードが実体験だからこそ身にしみる。この章の終わりはこう締めくくられる。

私はハッピーエンドの悲しみを味わっていた。

ハッピーエンドの悲しみ。ほろっとさせられる感慨深い一言だ。


おわり

目線が変わって東京がトーキョーになるといろんなものが見えてくる。東京の見え方も、日本に来た外国人の国の見え方も変わる。

感動のエピソードが結構あって、僕は何度か泣いた。特に第8章の盲目のスーダン人とのエピソード、「トーキョー・ドームの熱い夜」はえも言われぬ感動があった。いい話すぎる。全て高野の実体験だからこそ伝わってくる深い感動があるのだ。

 

 

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