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【飲み会ぼっち】なぜ僕はいつも飲み会のグループわけの谷間にいるのだろうか

最近飲み会に出た。否応無く開催され、否応無く参加が決定するタイプのものだ。断れる空気が全くないタイプのものだ。一度断ったら後々尾を引いてしまうだろうから嫌々行くような、それでいて当たり前だが嫌々の表情は心の奥底にしまい込み参加する、ストレスの溜まるタイプのものだ。当然僕は行きたくなかった。本当は家に帰って寝ていたかった。

 

普段、僕のようなそもそも孤独な人間は孤独については考えない。ネット、サッカー、音楽、テレビ、本や漫画、普通に楽しく暮らしている。一人遊びに慣れている。

それが、飲み会のような大勢の人間がいる中でひとりぼっちになることによって、ようやく自分の孤独に気づき考えるのだ。ぼっち感を改めて突きつけられるわけである。基本的にはほっといてほしいけど、孤独すぎるのはちょっと嫌だなというのが本音だ。

 

僕が嫌いな飲み会というのは薄い関係性で大勢で、お互い仲良くなれればそれなりに双方にメリットがあるからこそ開催されるようなタイプのものである。これは往往にしてやかましい居酒屋で開催される。座敷で他の客もわんさかいるようなところだ。

こういう大勢の飲み会はほどなくしてグループ分けされる。平均的には4人だ。大勢がそこかしこで分裂していきグループが分かれていく。個別にそれぞれの話題を喋っている。そしていつもグループの谷間にいるのが僕だ。どちらのグループにも属することができず、いつのまにかぼーっと酒をあおっている。今日も飲み会ぼっちの誕生である。

 

僕が飲み会ぼっちになる原因

飲み会で僕だけが時が止まったようにぼっちになっている時に、いつも僕がこうなってしまう原因を色々と考えていた。まず前提がいくつかある。

 

  • 頑張っていない

僕からするとみんな最初から頑張っている。スタートダッシュしている。ある程度テンションを上げ、話そう話そうとしている。僕は「まあ酒飲み始めてからでいっか」などと悠長なことを考えている。その間に周りでは着々とグループのタネは育っているのだ。

 

  • 声が通らない

たくさんの人の声が行き交う居酒屋では僕の声は通らない。声が小さいということもあるのかもしれないけど、絶望的に声が通らないのだ。何かこう、僕の声はちょうど居酒屋に飛び交う人の声で出来上がった雑音にかぶる帯域なのだ。喋ってはみたものの、聞き返されることやスルーされることが多々ある。心が折れる

 

  • 話が面白くない

そもそも僕の話が面白くないという問題はある。というかこれが一番問題であるような気がする。ぼっちの時でも何か話を振ってきてくれる人がいるが、その時にうまい返しができない。

そもそも急なフリを想定していないので聞き返してしまうことが多い。僕は声も通らないが耳も悪い気がする。そして面白いことをしゃべれない。それで「ああ、こいつつまんないやつだな」と印象がついてしまい、その後話を振られることはなくなる。

たまにちょっと頑張って自分から話をしてみても、その場に馴染んだちょうどいい話ができなかったりする。

 

ポジショニングが大事

大勢の飲み会で、その日を楽に乗り切るための一番の方法は的確なポジショニングだと思う。居酒屋のどの席に座るのか。これが重要だ。

大勢の飲み会では4人単位でグループは別れていくが、そのグループの谷間に入らなければいいのだ。谷間にいるとどちらのグループの話を聞こうかという選択が必要になる。その時点で負けなのだ。選択を必要としないことが重要だ。いつの間にか出来上がるグループに、すでにポジション的に僕も属してしまっているというのが楽である。

 

ポジションを選ぶ時、自分の隣に座っている人は特に需要だ。グループの人たちはお互いに向き合って話をしているから内を向いて半身になる。その半身の影に入ってしまうともうパスは回ってこない。サッカーと一緒なのだ。たまにものすごく半身になる人がいる。肘を使ってポジション争いをするタイプのやつだ。こいつが隣にいるともうお手上げである。こいつが向いている側のグループに僕は属することはできない。

 

ポジショニングで驚きなのが、移動してくるタイプのやつである。いわば交代選手である。僕によって出来上がったグループ同士の谷間に「ちょっとごめん」と言って割って入ってくる。その社交性を武器にグループにすんなりと途中加入している。見事としか言いようがない。

交代選手が現れ始めるのはもう試合も中盤以降だ。交代選手がそこそこ出てくる終盤になれば座席はスペースだらけで中盤が間延びしてくる。こうなってくるとぼっちの僕に残された命題は「ぼっちであることを発見されずに残り時間まで戦いきること」だ。

そんな時僕は、残り時間わずかで一点を取るために攻撃型になったチームで、一人だけ守備要員として配置されている選手の気持ちになる。可能性は少ないが急にボールが回ってくるとその責任は重大。ミスは許されない。おこがましいなんてもんじゃないけど、そんな選手に自分を重ね合わせている。

 

おわり

飲み会でぼっちになってしまう原因はある程度わかっている。この原因を解決できれば少なくとも飲み会ぼっちになることはないだろう。しかしその努力をしたところで、楽しい人生が待っている気がしない。

やはり最初から飲み会に出るべきではなかった。いつもそうだ。いつも飲み会に出てしまったことを後悔している。

 

 

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