【ネタバレなし】又吉直樹の芥川賞受賞作『火花』が文庫化。芸人たちの泣き笑いの物語。

いつか読むだろうなと思っていた芸人の又吉直樹芥川賞受賞小説『火花』。映像化されたNetflix版のドラマがNHKで放送が始まったのが先々週。その第一話を見た。すごくよかった。「これは先に小説で読んでおかなければならないな」と思った。

なぜ先に小説を読まなければならないのか?それは小説を原作として映像化されたものは、どうしても小説を超えられないからだ。絶対そうだというわけではないけれど、往々にしてそうだという印象がある。Netflix版の第一話を見てこれは僕にとって大切な物語になるのかもしれないなと感じたので、真っ先に純度の高い方、原作の方を知りたくなった。

というわけでAmazonで検索するとタイミングよく文庫版が出ていたのでポチった。そうだ。僕が『火花』をすぐ読まなかった理由の一つに本の装丁がある。僕はデカイ本は嫌いだ。家で読むにも外で読むにも邪魔すぎる。読み終えたものが本棚に並んでいる感じは良かったりもするんだけど。

『火花』の表紙から伝わってくる重厚感は僕の購買意欲を損なわせた。それはでかくて分厚そうだ(実際に本屋で手にとってみたら変わったかもしれない。もう全く本屋に行かなくなった)という単純な理由である。だから「いつか読むだろう」になっていたのだ。電子書籍版を待っていたところもあるのだけど、なんとなくフィクション、特に文学と呼ばれるものはまだ紙の本で読みたいなという気持ちがあったりする。別に読書家でもないのに気持ちの悪い妙なこだわりである。

文庫化でこの辺りの諸々の理由がなくなった今、読まない理由がない。

すぐに届いた文庫版の『火花』は予想外に薄かった。171ページの物語だ。文庫版はさらにエッセイの『芥川龍之介への手紙』が収録されている。それを合わせても180ページしかない。読み終えた今、大判でも倦厭せずにすぐに読んでおけばよかったなと思っている。

 

届いたダンボール箱と封筒の中間のようなものを開けるとこんな本が出てきた。

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ぱっと見何が何だかわからなかった。こんな本買ったっけ?

最近全く本屋に行かなくなったから知らないけど、最近の本はすごいことになっているなあと思った。帯で宣伝するのはわかるけど、帯と言わずこれはもう新しい装丁である。

『火花』のあの表紙は独特で好きだったから文庫版になって装丁が変わってしまったのかと一瞬がっかりしたが、上下にクリーム色がのぞいている。めくって見ると見慣れた表紙。

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表紙を約5ミリしか見せない帯。どうせなら表紙と同じ大きさにしてくれれば裏返してブックカバーとしても使えたのに。あくまでこれは帯であるという主張から大きさを微妙に変えているのだろうか。

 

芸人たちの泣き笑いの物語

売れない芸人の徳永は、天才肌の先輩芸人・神谷と出会い、師と仰ぐ。神谷の伝記を書くことを乞われ、共に過ごす時間が増えるが、やがて二人は別の道を歩むことになる。笑いとは何か、人間とは何かを書ききったデビュー小説。

このあらすじを読んだ時には、冴えない芸人と天才芸人の青春物語かなと思っていた。まあそういう部分もあったのだけど、それだけではなく、徳永と神谷という人間、人間について書かれた物語だった。

僕は人間の感動するという感情の中で最も尊いのは「泣き笑い」だと思っている。心がわなわなと感動している中で笑えるということ。そんな気持ちになれることはこの世界で最も素晴らしいことだと思っている。そんな作品に出会った時に強くそう思う。そしてこの『火花』はそうなのだ。『火花』は泣き笑いの物語なのである。

 

読み終えるのが惜しくて1日寝かせてみたけど無駄だった。次の日に読み始めたら最後まで一気に読んでしまった。こんなことは久しぶりのことだった。

 

 

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