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【タモリ倶楽部】「美の巨◯ンたち?」銅像の股間表現に隠された芸術家たちの苦悩

テレビ、ラジオ

お尻ふりふりのオープニングが一新されて絶好調のタモリ倶楽部。今週は彫刻家として歴史的な権威である北村西望作品を見るという回。

 

銅像の股間を考える〜美の巨◯ンたち

今回は井の頭自然文化園の彫刻園でのロケだ。たくさんの男性裸体像がある。

というわけでゲストの大久保佳代子が「男の股間を見放題の企画と聞いて、」というボケをかましていたが、ボケではなかった。なんと今回の企画は男性の裸体彫刻の股間にフォーカスする企画だった。

「美の巨◯ンたち」というなかなか攻めたタイトルが付いていた。

銅像の股間の表現には知られざるテクニックがあるらしいのだ。そが今回のテーマ。ふざけているようでアカデミックな面白回であった。

 

今回は股間研究の第一人者という大学教授が解説をしていた。銅像は、身体はリアルだが股間のみ曖昧な表現をされているものばかり。なぜこうなっているのかというところから興味を持ったという。

 

股間の表現方法種類別

股間表現には大まかに3つの種類があった。とろける股間、曖昧模っ糊り、葉っぱ、この3つである。

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股間だけにフォーカスしてみると、確かに「なぜこんな形をしているのだろうと」不思議に思う。

 

とろける股間

まず左の「とろける股間」。何かぐちゃっとしていて投げやりなような気もするし、計算され尽くしてあるような気もする。芸術的な何かを感じなくもない。

股間をリアルに表現してはならないというところの苦悩がそのまま表れているようにも見える。股間と真面目に向き合っている感じがある。

 

曖昧模っ糊り

「曖昧模っ糊り」は名前と違って潔いなと思った。「股間表現は無理だからじゃあとりあえずもっこりさせておく」といった感じだ。まあ少し投げやりな感じはしなくもない。

服を着ているのか、裸なのか曖昧ということでこのネーミングになっているようだ。

 

葉っぱ

その名の通り葉っぱを貼っただけの表現方法「葉っぱ」。これは分かりやすい。上2つの表現方法とは違い、目隠しを使うというアイディアでうまくごまかしている。

アダムとイブがイチジクの葉っぱで股間を隠していたことから、西洋の芸術ではこの表現が定番化したんだとか。

 

3つの個性

3つとも個性の分かれる表現方法だ。とろける股間にする人は常に表現を模索しているタイプだと思う。「新しい表現はないか?」と最後まで粘って考えていそうだ。

曖昧模っ糊りは合理的なタイプ。表現するのがダメならそれに従う」というあっさり派。ただもっこりさせておくだけで「ここは表現できませんでしたよ」という意思表示にもなる。見ている方も股間を見ればすぐにそのメッセージは受け取れる。

葉っぱはテクニカルタイプだ。股間表現がダメというルールにアイディアで対抗している。何かドヤ顔で製作してそうなイメージがある。

 

切り落とされた股間

もちろんリアルに表現された股間もあったらしい。しかし展覧会に警察がやってきて「股間を切り落とせ」と言いい、彫刻家自らが股間を切り落としたというエピソードもあるんだとか。やはり股間表現は一筋縄ではいかないようだ。

当時は風刺漫画にされるほどの出来事だったようで、彫刻の去勢と言われていたらしい。

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こういうことがあるので、彫刻家は股間の表現方法に頭を悩ませていたようだ。

 

おわり

最後には銅像でモザイクを表現したような、不思議な感じの股間がある銅像が紹介されていた。これはまさに芸術と呼べるものだった。

彫刻の股間の表現に、芸術家たちの並々ならぬこんな苦悩があったとは。今回も目の付け所がタモリ倶楽部であった。

 

 

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