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無理に夢を設定するからこそ、この世の中は生きづらくなっている

日記 考え事

今週のお題は、又吉直樹の小説の「火花」の実写化に絡んだものらしい。テーマは「夢と挫折」。僕はこの小説をまだ読んでいない。いつか読もうと思っているうちにもう結構な時間がたってしまった。そのことを振り返ればこれも挫折の一つだ。

 

夢と挫折

幼少の頃から夢はたくさんあったと思う。大人はよく、子供に「夢は何?」って聞く。だから幼いながらにも「夢って何かあるかな」って考えるのだ。

 

最初の夢

最初の夢はパイロットだった。何のパイロットかも決めていなかった。ただのパイロット。

多分その当時のの小学生以下に聞いた夢ランキングとかで上位5位内に入っていたものだと思う。

夢は何と聞かれるもんだから夢なんてないけどとりあえずということでパイロットと書いたり答えたりしていた記憶がある。

だからこれについての挫折はない。次の夢が見つかったらそれで終わりだ。

 

小学生の時の夢

小学生の卒業文集。ここでも大人は子供に「夢は何?」って聞いてくる。ただ毎日暮らしてるだけでそれなりに楽しくやっている小学生にとっては夢なんかない。ただ「明日は何して遊ぼうかな」だけである。

それでも一生残るものだとなんとなくは理解している卒業文集に自分の夢を書かなければならない。

当時サッカーをやっていた僕はセリエAのサッカー選手と書いた。別にサッカーをやっていただけで上手いわけでもなかったので、これも「とりあえず書いた夢」である。

 

サッカーを続ける

そのままサッカーは高校生まで続けた。なんとなく続けていた。そこで挫折があった。

卒業文集の夢に書いたようにプロサッカー選手になれるとは1ミリも思っていなかった。とはいえ、今思えば割と真面目に練習していたと思う。サボったりしなかった。

そんな中で、高校の時に所属しているチームのレギュラーから落ちるというのは一つの挫折だったと思う。

小学生、中学生の時はその地域では強いサッカーチームだったのでレギュラーになれないのは最初からで、それで当然、いつかレギュラーになりたいなというスタンスでやっていた。

高校になると弱小のところだったので、最初からレギュラーだった。人数も学年でギリギリメンバーを組めるくらいの人数しかいなかった。

それが2年になり後輩が入ってきて、主要な大会になるとレギュラーから外れてしまうようになった。

その時はなんとなく寂しい気持ちと、「どうせ俺サッカーやってくわけじゃないしな」という自分への言い訳と混じった気持ちだったと思う。挫折だとは感じなかった。

それで高校2年でサッカーをやめた。同じ中学のサッカー部でよく遊んでいで他校に進んだ友人が先にサッカーをやめていたのでそれに続く感じだった。

そしてその友人とつるむ高校生活が始まった。これは楽しい日々だった。まあ青春である。

 

気がつかなかった挫折

その当時は楽しかったから深くは考えていなかったけど、高校2年の時に後輩に追い抜かされてレギュラー落ちしたという事実は、今思えば完全に挫折だった。

あの時挫折だと理解していれば、サッカーでなくとも他に自分が頑張る場所を見つけられたのかもしれない。

 

おわり

僕にははっきりした夢がなかったから、はっきりした挫折もなかった。

最初の夢のことを思うと、大人って夢とか言いすぎな気がする。

本当に自分の中から生まれた夢なら、本当の挫折も味わえると思う。それは健全でその先の人生の糧になるものだと思う。

無理に夢を設定するからこそ、この世の中は生きづらくなっているのではないだろうか。

 



Netflix火花お題「夢と挫折」

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