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ブログの毎日更新記録を途切れさせないため、それだけのための内容のない日記。

こんな日もある。僕がこのブログを書き始めてかれこれ10ヶ月くらいだろうか。毎日1記事更新してきた。その記録が今日途絶えるかもしれないという瀬戸際に来ている。こんな日もある。

 

これまでは何とかやってきた。何もなくともネタを捻出したり、思い余って長々と書いたり。とうぜん今日のように時間がない時もあった。

それでも、なんだかんだ言って今日まで毎日1記事を更新してこれたのは、僕の人生があまりにも空っぽだからだろうと思う。

 

空っぽとはどういうことか。予定が空っぽなのだ。予期せぬ予定が入ってくるというようなことは、これまでブログを書き始めた期間にはなかったことだ。

ゼロじゃない。ゼロじゃないんだけどほとんどなかった。「ああ今日はいつもの時間に書けないけど、あれがああなってこうしてできた時間で書ける」とかいうことでこれまで毎日1記事は書いてこれたのだ。

 

それが今日はかなりのところまで追い詰められている。タイムリミットはあと30分しかない。

程よく混んでいる終電に乗り、いつものパソコンとは違うスマホフリック入力でこの誰の役にも立たない文章を書いている。

 

なぜこんなことになってしまったのか。それは今日僕に想定外のことが起こったからだ。

ただ、想定外の事が起こってしまった事実はどうでもいい。問題はこれまでに想定外のことが起こっていなかったということなのだ。

 

これまで、想定外のことが起こらないから余裕でブログを毎日更新してこれたわけである。これは問題だ。僕はこれまで何をやっていたのだ。

 

全く自分の思い通りのスケジュールで暮らしていたことになる。それって何だかかっこ悪い。

 

カッコ悪いのは知ってるからまあいいとしよう。いいとしないとこの先書けなくなる。

 

いや、何度も「じゃあ書かなければいいじゃん」と自問自答を繰り返しているのだけど、僅かながら、毎日更新の記録を途絶えさせてはなるまいという気持ちが勝っているのだ。

 

それはなぜか?こんな内容のない駄文を書き散らしたところで何の意味もないというのはわかっている。

ただ、僕はブログを書き始めてよかったと思っている。これからも続けたいと思っている。

そのために毎日更新は必要不可欠だと思うのだ。

僕の性格上、続いていたものを一度だけ、少しでもあきらめてしまうともう放っぽり出してしまうのだ。

1日だけでも更新を諦めてしまうと、三日坊主が牙を剥き、僕のブログは終わってしまうのだ。

 

それは避けたい。だからこそこの湿度の高い乗車率120%くらいの不快な電車でつり革を握りながらこの駄文をつらつらと書いているわけである。

 

全ては捉え方次第である。何の意味もないと思われるこの文章も1つ意味があった。

フリック入力のレベルが少し上がった。

 

というポジティブな要素を見つけたところでこの駄文は終わりにしたい。何とか更新記録は守れたようだ。

 

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