岸見一郎「アドラー心理学入門」読了。「ほめる」ことの違和感について

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岸見一郎さんの「アドラー心理学入門」を読んだ。岸見一郎さんは大ベストセラー「嫌われる勇気」も書いている心理学者である。

アドラー心理学入門」はアドラー関連の本を初めて読む僕にとってはタイトルの通り入門編として非常に分かりやすい内容の本だった。

 

ルフレッド・アドラー

ルフレッド・アドラーなる人物はオーストリアの心理学者である。フロイトユングと同じ時代の人らしい。

僕はフロイトユングは高校の倫理で習ったような気がするが、アドラーも心理学者だとは知らなかった。

この本を読む前までの僕のアドラーのイメージは、自己啓発関連の本に出てくる人という感じ。ビジネスマンの啓蒙のための人という印象だった。

 

アドラーの子育て論

アドラーはもともと社会変革を目指し政治に興味があったが、政治の現実を知ったのち、政治ではなく育児と教育を通してのみ人類の救済が可能だと考えた人らしい。

よってこの本ではアドラーの子育て論が取り上げられている。

 

問題行動を起こした子供にできること

学校で問題を起こす子供がいる。そういう子供を教育するためには、なぜそんな問題のある行動をとるのか原因を考えたりする。

しかしこれが間違っているというのがアドラーの考え方だ。

 

なぜ子供が問題行動をとるようになってしまったのか原因を考えてもしょうがないとアドラーはいう。これは原因は過去のものであるからだ。

幼い頃の家庭環境とか育児の仕方が間違っていたのではなどと原因を求めても、それは過去のことである。本当にそういう原因があったとしても過去のことだから変えることはできない。

そうではなくて問題行動の目的を見るということが必要だという。

目的は、原因の反対で未来にあることだから変えられる可能性があるのだ。

例えば、問題行動を起こす子供の目的は、自分に注目してもらいたいというものである。ではそこから考えていこうというのだ。

 

ここら辺がよくある自己啓発本に通づる、ポジティブシンキングなのではないだろうか。原因を考えているよりも目的を探っていけば、未来を見ていくポジティブさが生まれる。

 

ほめることの違和感

面と向かって人をほめるということには難しい。それにほめるってことは自分は上の視点からになりがちだ。これに少し違和感があるわけだが、この本ではその感じが言語化されていて、僕の中ですごく整理ができた。

たとえば、夕食を用意します。家族が帰ってきて、夕食を一口、口にして「おいしいね。お前もやればできるではないか。すごいね。よくできました」と言われたら普通の言語感覚を持っている人ならあまり愉快ではない、と思うでしょう。

しかし、まさにこれこそが「ほめる」ということです。ほめるというのは、能力のある人が能力のない人に、あなたは<よい>と上から下へと相手を判断し評価する言葉ですから、下に置かれた人は愉快ではないのです。

 

人を育てるときには飴と鞭が重要だなと感じる。ほめることと叱ることだ。しかし、もしかしたらその両方が間違っているというのがアドラーの考え方なのかもしれない。

 

おわり

一つ気になった点、エピソードがありアドラーの考え方が示された後で「これはのちの第◯章でさらに詳しく書きます」といった感じの書かれ方が多くて、ちょっと読みづらいところがあった。もうちょっとまとめられていたら読みやすかったかもしれない。

ただ、アドラーの考え方がわかったし、興味を持った。「嫌われる勇気」も読んでみたいと思った。

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