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幸せはオキシトシンで決まると言うけど、そもそも幸せの定義って一体なんだろうか

考え事 日記

今日こんな記事を読んだ。

wired.jp

幸せホルモンと呼ばれているオキシトシンというものがあるらしい。これを増やすにはハグやセ◯クスが必要なんだとか。

 

なら幸せになれないじゃん

ならハグやセ◯クスをする機会がない非モテである僕なんかは幸せになれないじゃん。理不尽な話だ。本当にオキシトシンで幸せは決まってしまうのだろうか。

なぜオキシトシンが増えると幸せなのかというと、この記事によると

オキシトシンは精神安定の効果があるセロトニンを放出させやすくし、恐怖につながる扁桃体の活動を抑えるなどのメカニズムがあるため

ということらしい。

つまり、ストレスが減るから幸せになるということらしいのだ。

 

幸せの定義

そもそも幸せとは一体なんなんだろうか。定義が難しい。


僕は幸せをテーマにした中学の時の国語の授業を今でも覚えている。

その時の授業では先生から「何をしている時が幸せ?」という質問が投げかけられ、生徒たちが答えていた。

僕は幸せについてそれまで考えたことがなかったのでよくわからなくて、「ゲームをしているとき」と言った。その時も今も「何言ってんだ」って自分で思ったけど、他に何も思いつかなかったし、他の生徒たちもそんなような答えだった。

 

今の僕が考える幸せ

今の僕は「幸せってこれだ」と明確に定義している。いろんなものの受け売りだけど、非常にしっくり来る幸せの定義を持っている。その定義は

今現在、自分が成長できていて、今後も成長できると感じられている状態

というものだ。

 

幸せというのはゴールじゃなくて状態のことだと思う。金持ちになったら幸せとか名誉を得たら幸せとか、そういうものじゃない。

今の成長できている自分と、今の自分なら明日明後日1年後、近い未来もこのまま成長していけるな、と感じられた時に幸せを感じると思っている。

僕は、自分が好転していく過程を感じられた時に最も幸せを感じていると思うのだ。

 

おわり

僕はこうして駄文を書き散らしていても、少しづつ幸せを感じている。滑らかにタイピングができるようになってきたり、最初に比べれば短い時間でブログを書き上げられるようになったり。ほんの少しずつではあるが成長しているのだ。

で、この先も今を続けていれば、少しずつでも成長できると確信している。

 

「どういう時が幸せですか?」って身近な人に改まって聞いてみるのも面白いかもしれない。

 

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