【歳を取ると時間経過を早く感じる問題】子供の頃は退屈なことだらけだったから、時間の経過が遅かった。

数日前に書いたこの記事。

歳を取ると時間が早く感じる」というのが証明されたニュースを見て思ったことを書いた。結果として歳を取ると時間の経過を早く感じるといことは証明できたようだが、それはなぜなのか、科学的に理由はわかっていないという。ともかく、歳をとると時間が経つのが早いというのは都市伝説ではなかったということだ。

 

歳をとると時間が早く感じる例

一度経験したことは、次に同じことを経験するときには感動は薄れる。だからこそ歳を追うごとに人間は時間の経過を早く感じる。

僕の身近であるのは、車の運転だ。初めて行く場所は遠く感じる。初めて運転する道と景色の中でナビにとらわれながら運転していると、まだかまだかと気が焦る。これが遠く感じる要因だ。

その場所に二度目に行くと、こんなに近かったっけと思う。もちろん時間は変わらない。余裕ができて、普通に運転しているとすんなり着いてしまう。慣れる(経験する)ことで時間経過の体感が変わっている。

 

分母が増えるから

よく言われるのが分母が増えるからという理由だ。要するに経験が増えるからという話である。

5歳の子供の1年は5分の1だ。40歳のおっさんの1年は40分の1だ。1年の重みが全く違うのだ。これがよく聞くし一番説得力を感じる。

 

時間経過の体感

時間の体感速度が変わることはよくある。何かに熱中していたら時間の経過は早いし、退屈な時間は無限に感じる

 

この理論なら、あらゆることに熱中できていた子供の頃の方が時間の経過を早く感じるはず。でいていろんなことに慣れてしまった大人の方が時間を長く感じるはず。

なのになぜ子供の頃の方が時間を長く感じたのだろう。

 

子供の頃は退屈な時間だらけ

これは僕が無意識に子どもの頃を美化しているからかもしれない。

ちゃんと思い返してみると、子どもの頃ってやりたくないことばかりだった。勉強は何のためにするかわからなかった。小学校で過ごすほとんどの時間が、数少ない好きな教科や、休み時間までの我慢する時間であった。

案外楽しいことって少なくて、楽しくない中(退屈な学校)で楽しいことを探していたのが子供時代だったような気がする。

ほとんどが退屈な時間だったのだ。そりゃあ時間を長く感じる。

 

退屈な授業が繰り返される学校。退屈な中でよく考えていたのが体育祭とか音楽祭とか、催し物がいつあるのかってことだ。それをやりたいってよりは退屈な授業から解放されたいっていうだけの気持ちだ。

子供の頃はそういう風に、「待ち遠しい日」があった気がする。早く明日にならないかな、なんてことをよく思っていた気がする。待ち遠しい日を待っている日々は長い。子供の頃の方が時間の経過に敏感なのだ。時間についてよく考えていた気がする。

 

おわり

翻って今の僕は。時間の経過とか別に気にしていない。

小学生の頃のような退屈な授業の時間がない。好きなことばかりやっている。だからすぐに時間が経ってしまう。

 

時間なんて自分の気持ち次第ですぐに変わってしまうものなのだ。

slices.hatenablog.com

 

 

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