藤沢周「オレンジ・アンド・タール」読了。社会に適合できる人たちへの違和感。

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藤沢周の「オレンジ・アンド・タール」を読んだ。この本はオードリーの若林が好きな本として、テレビか何かで紹介していたことで知った。そして、それとは違うところで、巻末のオードリー若林の解説が素晴らしいと評されていたので興味を持った本だ。

 

この物語の主人公たちは若く、悩みを抱えている。そんな悩みと同じようなものを30代になってまで持っている僕には、ちょっと読むのに時間がかかる本だった。この物語はどうやって終わるんだろうと、知りたいようで知りたくない気持ちになったからだ。

 

「オレンジ・アンド・タール」藤沢周

高校でアウトロー的存在のカズキは、スケボーに熱中して毎日を送る。今日も伝説のスケートボーダーのトモロウのところへ相談に行く彼の心に影を落としているのは、同級生が学校の屋上から落ちて死んだことだった。そして、目の前で事件は起きた。

自分ってなんなんだよ、なんで生きてるんだよ———青春の悩みを赤裸々に描いた快作。

文庫本の裏表紙に書かれているあらすじだ。「青春の悩みを赤裸々に」とあるけど、そんな悩みをまだ持っている僕はやはり中二病なんだろうか。

 

青春の悩み

青春の悩みというのは違和感である。「周りは平気な顔して社会とうまくやっているけど、何も思わないんだろうか」そんな違和感である。

オードリー若林の解説に

「映画監督になる」だの「起業する」だのと宣言していた友人達が大学3年になっていとも簡単にリクルートスーツを着て就職活動を始めた。

〜中略〜

思春期の頃から法に抵触するようなことをやっていたタイプの友人達がごくごくスムーズに社会人仕様になっていく流れにずるずると取り残されていく。

とある。ここにあるのが違和感である。なぜ自分も周りと同じように、社会のあり方を把握して自分を型にはめていくことができないんだろうという違和感と、周りはなぜすんなりとそれができるんだろうという違和感だ。

 

僕の経験でもこのようなことはあったし、若林と同じようなことを思っていた。

高校3年間の間ずっと「美容師になりたい」と言っていた友人がそこそこの大学が受かると「いや、実は辞書作りたいんだよね」と急に言い出したり、大学生にもなってくだらない悪さ(それこそ法に抵触する)をしていたヤツが警察官になったり。

その時に感じていたのは、軽薄なヤツだなとか、真面目に話さなければよかったとか。あんな悪いヤツが警察官かよ日本大丈夫かよとか。

今も同じようなことを思っている。そしてやっぱりそんな友人達とは今では疎遠になった。

 

 

おわり

僕はそんな友人達とは違って、どちらかといえば社会をドロップアウトした側の人間だ。30代にして未だフリーターなのはそもそも能力がないということもあるけど、大学に行かなかったからだし就職活動もしなかったからだ。

やりたいことがあったし、今でもやりたいことがある。だけど未だにそれについて悩みながら暮らしている。

この物語の主人公たちと同じような悩みなのだ。「オレンジ・アンド・タール」は僕にとっては共感する物語なので、だからこそ僕は読み返す気持ちになれなかったりする。

 

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