オタクの定義について、オタキング岡田斗司夫が語った定義が見事だった件。

今日、こういう記事を見た。

kopelani.hatenablog.jp

オタクについて語った時にバズった後の記事らしい。その元の記事はこれだ。

kopelani.hatenablog.jp

この二つの記事は共感できるものだった。この記事に出てくるのは子供の遊び場を侵食するおっさん。言うまでもなくオタクである。

この場のおっさんも子供も、仮面ライダーが好きという気持ちは同じなのだ。子供も大人も巻き込める素晴らしい作品が仮面ライダーなのだ。

とはいえ、大人なんだから、子供より周りが見えているんだから、その場での落とし所を考えろよと思う。順番を作ってみんなで楽しめばいいじゃんと思う。

タイトルで多少の反感を買ったのかもしれないけれど、僕は良記事だなと思った。

 

岡田斗司夫のオタクの定義

さて、この二つの記事で書かれてるオタクの定義。これはいまいちピンとこない。ウィキペディア先生もあてにはならなそうだ。

実は僕も数日前にオタクの定義を知ったばかりの人間だ。忘れないうちにこのブログに書いておく。

 

どこで知ったのかといえば、オタキングと呼ばれる岡田斗司夫氏が「ふかわりょうOTHERS」というラジオにゲスト出演した回だ。

そのラジオで岡田氏が語ったオタクの定義が全くもってその通り、膝を打つ定義だった。

 

ふかわりょう「オタクの定義っていうのは時代とともに変わってるのかもしれないですが、、、」

岡田斗司夫「(オタクとは)いい年をして人に言えない趣味に一生懸命な大人です。」

 

 

見事である。さすがオタキングと呼ばれるだけある。非常に腑に落ちる定義だ。岡田斗司夫のオタクの定義は「人に言えない」というところが言い得て妙だなと思う。

この定義が語られる前に、街頭インタビューで「あなたは何のオタクですか?」という質問に対して街角から出てきたものは、ブラジル音楽とかカメラなどであった。それを聞いたときやっぱり少し違和感があった。言葉ではうまく言えない違和感だ。

岡田斗司夫の定義を聞いた後でわかるのが、カメラなどはマニアであってオタクではないということ。なぜならそれは、聞かれたら人に言えるかっこいい趣味だからだ。

 

オタクという言葉は、会話の中で相手のことを「お宅さあ」と呼び合っていたところから始まっている。わりと曖昧なものだ。

そのはっきりしない言葉を「人に言えない」という曖昧な定義で片付けるのがちょうどいいんだろう。

その趣味に少しでも後ろめたさがあるのなら人に言えない。で、「いい年して俺こんな趣味か」と客観視できる程度の知性を持ち合わせているのがオタクだと岡田氏は語っていた。

 

おわり

アニメやコスプレの世界もどんどん大きくなってきていて、日本が誇れるものになりつつある。そうすると、だんだんと人に言える趣味になっていく。今の時代はその過渡期という感じがする。

もっと重度のオタクからすれば、「そういうんじゃないんだよ」と声が聞こてきそうな気がする。今の時代はそんな空気だ。

そんな空気も「人に言えない」で全て片が付く気がした。「人に言えない」ことは自体とともに変わって行くだろう。

オタクがカジュアルになって多様化していく中で、この定義はまさにオタクというものの言語感覚を言い当てたものだなと思った。