同じ料理でも食べ方ひとつで味が変わってしまう。それを指摘するかしないか問題。

先日こんな記事を書いた。

中トロ問題が巻き起こった飲みの席での話だ。何から食べるのか、その考え方が僕もおじさんの発想になってたのかなという話だ。

それで、そんなおじさんの考えを押し付けていちいち指摘するのは、おじさんの悪いところだなと思ったのだ。 

 

そばとワサビと麺つゆ

思えば僕は口うるさいおじさんに出会っている。僕がまだ20前半だった頃の話だ。

当時30半ばくらいのおじさんとざるそばを食べていた時、「ああ君、麺つゆにワサビ溶いちゃうタイプ?若いなー」と馬鹿にされたように言われてムッとしたことがある。

そのあと、せっかくの美味しいそばを台無しにしてるだの何だのっておじさんは語り出したのだ。

その時僕は意固地になって「僕はこれでいいんすよ」的なことを言ってやり過ごした。おじさんの言う通りにするのは癪だったのだ。

 

こんなことがあったあと、一人でそばを食べた時、僕もそのおじさんに言われた通りにそばにワサビをつける食べ方を試してみた。そしたら世界が変わった。

そばとワサビと麺つゆがそれぞれ分離した感じで、それぞれの風味を味わえたのだ。それまで体験したことのない美味しさだった。あの時のおじさんに感謝した。

これまでの僕のそばは、ワサビ麺つゆ味のそばだったのだ。僕が自らそうしてしまっていたのだ。

 

刺身と醤油とワサビ

それからはそばで得た教訓をもとに、刺身を食べるときにもワサビを醤油で溶かなくなった。ワサビをつけた刺身に醤油をつけて味わうのだ。

そばの時と同じでワサビ、醤油、刺身それぞれの風味が分離して同時に味わえるようになった。より刺身を楽しめるようになった。

 

同じものが出されても、食べる順番や食べ方で全然違う食べ物になってしまう。それを知っているだけで、同じものでもよりおいしく味わえるのだ。よりおいしく楽しめるということは幸福度も上がるということだ。

 

 

狭間で揺れる、おじさんの思考

さて、中トロ問題が巻き起こった酒の席で僕はどう言えばよかったんだろう。あの時は「唐揚げより先に中トロを食べろと言ってしまったら口うるさいおじさんだな」と思った。そして僕が40代とか、もっとおじさんになったら口に出しているかもしれないなと思った。

僕ももっと歳を重ねれば、次の世代へのバトンタッチを考えるようになるだろう。これまでの自分の人生で得たものを次の世代へ。そんなことを考えるようになるだろう。

すごく正しいことのように聞こえるかもしれないけど、実際は自分のためにそれをしているのだ。だから何も褒められたことをしているわけでもない。

自分が影響を与えることができた、自分の考えが役に立ったというのが自分の幸せになるからだ。自己顕示欲だ。自分のことを考えての次の世代へのバトンタッチなのだ。

でもそれでも結局のところ、そばの食べ方を知った僕もそれでよかったし、双方が得するからいいのだと思う。

指摘するかしないか、今、この狭間に僕はいる。

 

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