震災遺構として保存が決まった大川小旧校舎と福島第一原発観光地化計画のこと。

先日、こういうニュースがあった。

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東日本大震災津波で児童ら84人が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校旧校舎について、市は震災遺構として保存する方針を決めた。遺族や住民は保存と解体で意見が分かれていたが、教訓の伝承や将来の防災教育に役立つと判断した。

僕はこのニュースで震災遺構という言葉を初めて知った。遺構というのは過去の建築物のことらしい。震災遺構となると、震災で倒壊した建物のことだ。

僕が見たテレビのニュースでは、住民の方々の意見が拮抗していて、少しだけ解体の意見の方が多かった。にもかかわらず、震災遺構として保存するという決定に僕は賛成だ。

 

忘れたいもの

その地に住む人々にとっては、災害は忘れたいものだ。ただし、忘れたいけど絶対に忘れられるものではない。だから住民からすれば保存しなくてもいいという考えなのかもしれない。倒壊した建物など、見たくはない。

ただ、後世に伝えるという意味で、情報だけではなく、モノとして残すということが必要だと判断した市は、素晴らしい決断をしたと思う。

情報だけ残って、その地は跡形もなく綺麗さっぱりしてしまうと、どうしたって風化してしまうだろう。震災当時に現地の人が「忘れてほしくない」と口にしていたのが思い出される。

残すにしても、周辺に植栽などで覆いを設けるなど、保存に反対する住民の方への配慮も考えているようだ。

 

大川小を見守る花壇

この震災遺構が決まった大川小の裏手には花壇があるらしい。

春を待つ、大川小を見守る花壇 – TOHOKU360

そこには遺族の方の悲痛な思いが込められている。360°映像なのでスマホyoutubeアプリ推奨↓

www.youtube.com

 

福島第一原発観光地化計画

福島第一原発の事故を負の遺産として残す」という福島第一原発観光地化計画というのがあった。ダークツーリズムと呼ばれているものだ。この度の大川小が震災遺構として残るというニュースを聞いて思い出した。

ダークツーリズム - Wikipedia

ダークツーリズムとは災害被災後地、戦争跡地など、人類の死の悲しみを対象にした観光のこと

あれはどうなったのだろう。あの事故からかなり早い段階で提唱されていた。

先日、その発起人である東浩紀氏がラジオで喋っていたのを聞いたが、観光地化という言葉は失敗だったと語っていた。

その言葉はインパクトがあって賛否両論なんだろうけど、僕は考えるきっかけになったのでありだったと思っている。

ただ、原発事故は「あったこと」じゃない。まだ「起こっていること」だ。とても難しい問題だ。

 

伝えるべきもの

話が少しズレてしまうかもしれないが、あの津波の時、神社に逃げ込んだ人は無事だったという事実がある。これは神様が助けてくれたとか、そんなことじゃない。

地震大国日本において、三陸沖は過去にも津波があった地域だ。あの震災は千年に一度の災害と呼ばれた。大昔に同じような災害があったのだ。

過去に起こった津波の到達点に「警告」なのか「死者を悼んだ」のか、証として先人たちが神社が建てた。例外はあれど、あのあたりの神社はそういう経緯で作られたものが多いのだろう。

過去に津波が来た到達点に神社があるのだ。だから神社へ逃げ込んだ人は助かった。

半ば都市伝説のように聞こえるけれど、そうじゃない。神社は過去からのメッセージなのだ。地名や僕たちの苗字なども過去から受け継がれているものだ。そういうものに、何かしらのメッセージが込められていて不思議はない。

matome.naver.jp

 

 

おわり

大川小は教訓の伝承や防災教育に役立つとして震災遺構として残される。このことと並列して語ることはできないけれど、福島第一原発の事故もまた、何らかの形で後世に伝えなければならない。

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