転校生と給食/給食がパンだった理由

僕は小学生の時に4度の転校をした。親の仕事の関係で転勤族だったのだ。今ではもうどうでもいいことなのだが、嫌なことばかりだった。地域ごとに変わる言葉、友達、先生。国が変わるほど大袈裟じゃないけど、小学生の僕にとっては大きな変化だった。

 

牛乳の容器

給食は地域によって献立が変わるけど、使われる食器も変わる。牛乳の容器などは処分方法も違う。紙パックをうまいこと潰したりとか。

こういうのが転校の初日は大変なのだ。みんなが当たり前のようにやっていることができない自分が嫌だった。できなくて当たり前なんだけど。疎外感をこういうところで感じるのだ。

 

僕は瓶詰め、三角パック、四角パックの牛乳を経験した。

今思えば、瓶詰めの牛乳が一番エンターテイメント性があった。厚紙の蓋を集めている奴がいた。見たことのない蓋を持っていて得意になっている奴がいた。僕も蓋を使って何かしら遊んでいた気がする。意味もなくポケットに蓋を携帯していた。

瓶詰めの牛乳は、最初は開けづらくて大変だった。端を爪で引っ掛けて開けるのだ。ベロみたいなのが出ていればよかったのに。爪がうまく引っかからないと、蓋の厚紙の上っ面だけがめくれちゃったりするのだ。結構コツが必要だった。

 

紙製の三角パックを初めて見たときは衝撃だった。当たり前のようにみんなストローをぶっ刺して飲んでいたのに衝撃を受けたのを今でも覚えている。

普段見ない形だったからだ。あんな形のものに飲料が入っているなんて。潰し方も斬新だった。

 

四角パックは普通すぎてあまり記憶に残っていない。確か、東京の小学校だったと思う。

 

普通に6年間を同じ学校で過ごせば、牛乳の容器の変化も気にならないと思う。瓶から紙パックに変わるタイミングがあったとしても、みんなゼロからのスタートだから。転校生は学校ごとに変わるから、最初は「みんなの当たり前」ができない。これが嫌だった。

 

 

給食がパンだった理由

小学校も高学年くらいになって給食の主食はご飯になった。それまではずっとパンだった。地域差はあれど、これには理由がある。

日本がアメリカから小麦を大量に買っていた(買わされていた?)時代があり、その時代には給食はパンになっていたようだ。昔に何かの本で読んだ。

アメリカで小麦が大豊作な年があって、その時に売り込んできたらしい。つまり、日本の給食がパン食だったのはアメリカの都合なのだ。その年以降は日本は小麦を買うようになり、「給食はパン」が主流になっていったのだ。

 

子供の頃にパンの味を覚えた子供は、大人になってもパンを食う。日本になかったパン食文化を根付かせて、今後の利益も狙ったアメリカ。したたかなアメリカと踊らされる日本という構図なんである。それに巻き込まれていた僕たち小学生。

 

 

 

 

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今週のお題「給食」

 

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