読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

砂浜に落ちている瓶のかけらのように、人は年をとったら丸くなる。

考え事

昔、沖縄に住んでいたときの記憶。砂浜には青や緑など色あざやかで綺麗な石のようなものが落ちていた。丸くて手触りもいい。それは何かというと、割れた瓶のかけらなのだ。

割れた瓶のかけらは、砂浜に打ち寄せる波で流れてコロコロと転がっているうちに、角が取れて丸くなる。とても鋭利だったものが、波の力で転がり、砂との摩擦によって丸くて綺麗な石になる。

 

人間も、あの沖縄の砂浜に落ちていた瓶のかけらのように、月日が経てば丸くなる。

 

社会の荒波の中ですり減る

人はひとりでは生きていけない。組織の中で生きていく。その上で、周りに合わせることが必要になる。意識的にもそうするし、無意識にもそうなっていると思う。

そうしているうちに、突出している部分が薄まっていく。鋭利だった個性も、だんだんと角が取れてくる。こうして、組織の中で人は丸くなっていく。

 

人を見抜く目

年をとって人生経験が豊富に積み上がっていくと、悪手を踏まなくなっていく。経験則でパターン認識してうまくいく方、楽な方を選択できるようになってくる。つまらない失敗は減っていくだろう。

 

人間関係でそれが顕著になる。

ガミガミ言っても無駄な人はいる。己の為を思った正しい忠告も響かないやつはいる。そいういう、そもそもの素養がないやつは放っておいたほうがいい。そんなやつはどうせすぐにいなくなるのだ。

こういう場合は、当たり障りなく接しておいたほうが楽だ。波風立たせないほうがいい。そうしておけば、おかしなことに首を突っ込まなくても済むようになる。

親身になるというのは、優しく接するということじゃない。親身になって、相手のことを真剣に考えて接するのは結構しんどいことだ。誤解されることもあるだろう。それでも、いつかわかってくれれば、と希望を持って接する。それが人を育てるってことだ。

経験を積むことによって、親身に接するに足る人物なのかどうなのか見抜けるようになってくる。どうでもいい相手ならば、すぐに当たり障りなく接する方に分類する。その使い分けをするようになっていくのだ。

 

つまり、ダメな人に対しては口うるさくならないのだ。それが、他人から見ると「丸くなっている」ということになるのだろう。

 

おわり

年をとって経験を積んで、相手によって態度を変えられるようになる。ダメな人に対しては当たり障りなく、伸びる人に対しては親身に。そして、その変え方が上手くなっていくのだ。

そういう人を外側から見ると、物腰の柔らかい人、丸くなった人っていう印象になるんじゃなかろうか。

僕は30代で、まだそういう年齢じゃないけれど、年をとったら丸くなるというのはこんなようなことだと思う。

広告を非表示にする