バレンタインデーに、ひとりのコミュ障が生まれた

今週のお題「バレンタインデー」

ここ何年もバレンタインにチョコなんてもらったことがない。僕には全く関係ないイベントだけど、最近浸透してきた恵方巻のように、話題という意味ではいい。経済も回る。

 

黒歴史のバレンタインデー

バレンタインといえば思い出す黒歴史がある。子供の頃にチョコをもらった時の記憶だ。

あれは小学校6年生か中学1年だったろうか。僕にくれた子は、わざわざ家まで来てチョコを渡してくれた。今年みたいに休日だったのだと思う。

学級委員長タイプだったその子は、クラス全員に配って回っている的なことを言っていた。

とはいえそういう明確な義理チョコだったとしても、とにかく受け取るのが恥ずかしかった。だって家だし、家族いるし。インターホンだから親にはバレバレだし。

「義理チョコだから」と言って渡された。どんなものだったかは覚えていない。

それに対する僕の返事が、今思い出しても死にたくなるような返事なのだ。くそったれなガキだった。僕は「ホワイトデーには返さないからな」とかなんとか言ってそのチョコを受け取ったのだ。

 

。。。


率直に、クズ人間なんである。死にたくなる。

その後、相手がどんな顔をしていたか、どんなやり取りがあったかは一切覚えていない。

しばらくして「ああ言っちゃたなー」とか思ったけど、そのまま言葉通りホワイトデーにお返しはしなかった。

僕の数ある黒歴史のうちの一つだ。バレンタインという単語を聞くとたまに思い出してしまう。


いや返せよ、と思う。それよりも、ホワイトデーに返さなかったとしても「返さないからな」なんて言うなよと。全く言う必要のないことだ。軽はずみすぎる。完全に相手を傷つけてしまっている。相手のことをこれっぽっちも考えていない。自分しかいない。

 

コミュ障誕生

本当は、こういうやり取りの中からコミュニケーションを学んでいくべきだと思う。

家族にばれて恥ずかしながらもチョコを受け取って。その後何をお返しにするか悩んで、友達とかと相談し合って。ホワイトデー当日は心臓バクバクだ。相手を思って言葉を考えて用意して話す。

そういう経験を子供の頃にすべきなのだ。


クラスメイト全員にチョコを贈って回ったであろうあの子は、きっといい子に育っただろうと思う。真面目な子だった。

もう30代だから、いい相手を見つけて結婚して子供もいるだろう。人間関係の豊かな人生を歩んでいるのだろう。

 

そういうまっとうな行動をしてこなかった僕は、コミュ障となった。

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