インターネットは外部記憶装置。あとは検索能力を磨くだけ

もはや僕たちはインターネットなくしては生きていけない。グーグル検索に縛られて生きている。便利なものからは離れられない。

以前こんな記事が話題になっていた。

www.mikinote.com

この記事では検索する能力には個人差があるとしている。確かにそうだ。それでも、自分の検索能力がどうなのかはよく分からない。人と比べる機会がない。

 

伊集院光が求める人材

月曜日にやっている伊集院光のラジオ、「深夜の馬鹿力」を聞いた。そこでインターネット検索についての話があった。

 

伊集院光が、今の時代のアシスタントに求めることは「検索能力」だという。ものを知っているやつよりも、自分(伊集院)の漠然としたリクエストを検索で導き出してくれる人が欲しいと。

テレビやラジオの世界で雑用をこなすアシスタントは、製作者の意図を汲むことが必要になる。そこでいまの時代では、単純に知識量が豊富な人よりも、ネットをうまく使える人の方が重宝するのだろう。

そして、ネットをうまく使う=検索能力なのだ。

 

スマホが生んだコミュニケーションの形

スマートフォンの登場によって、本当に広くインターネットが普及した。多くの人がネットをうまく使うようになっていると思う。

いちいちパソコンを開かなくても円滑にネット検索ができる手軽さを手に入れたのだ。


会話の手助けにネット検索を使うことが増えた。思い出せない固有名詞だったり、会話内容によっては具体的な数字などを検索で引き出したりする。

明確なデータをすぐに検索して引き出せれば、そこからの会話は少しは意味のあるものになるだろう。

パソコンでもできるとはいえ、スマホだとその携帯性ゆえに手軽にそれができる。

そうやっていると、友達とのふとした会話がスマホ以前よりも転がりやすくなっている感覚がある。

趣味の話は尽きなくなる

例えば好きなアーティストの好きな曲の話をする。たとえその時に音源を持ってなくても大抵のものはyoutubeに落ちている。するとすぐにその場で共有できる。そして感想を言い合える。

そこからさらにそのアーティストのディスコグラフィーなんかもウィキペディアで出てくる。

好きなもの同士で話していると、それらの正確で膨大な情報が元になるので本当に話が尽きない。

 

「そういえばあれなんだっけ?」

「うーん出てこないなー」

「…。」

「…。」

こんなことがなくなったのだ。ふわっとしか覚えていないものだったり、忘れてしまったものでも、一つでも関連したワードがあれば、求めている答えに辿り着ける。

 

インターネットは外部記憶装置

普通に暮らしていても、仕事であっても、検索能力が高ければ色々と捗る。わからないことはすぐに検索してしまえばいい。逆に言うと覚えておく必要がない。その都度調べればいい。

ネットを外部記憶装置として使うのだ。知らず知らずのうちに、みんなそう使っている。で、よりうまく使える人が今求められているのだ。

検索は、キーワードの組み合わせ方などで差がつくと思われる。やっぱり回数をこなして経験して身につくものだと思う。たまには、いつもと違うやり方を試してみたりすると経験が蓄積されていく。そうやって検索能力を磨くのだ。

僕も検索神みたいになりたいなあ。

 

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