「テレビって動画が途中から始まりますやん」っていう感覚に未来を見た。

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【その発想はなかった】若者のテレビ離れはなぜ?→その答えに衝撃を受けるTLというツイッターのまとめ記事を目にした。僕もタイトルの通り衝撃を受けた。本当にその発想はなかった。もう僕は若者ではない。

 

「だって、テレビって動画が途中から始まりますやん。。。」

 

 

テレビって動画が。。。

 

 

テレビと動画。。。

 

 

 

僕の感覚では、というかおっさん世代はテレビ=動画という感覚である。動く画。それはつまりテレビでしか見られないものだった。

今の若い世代は、動画といえばyoutubeなのだろう。ネットのあちこちにあるものなのだろう。ネット上の動画が先にあった上でのテレビなのだ。


自分からアクセスできて、ちょっとトイレに立つ時は停止しておいて、戻ってきたらまた好きなところから再生できて。それが当たり前。

それが動画なのだ。テレビはいつも途中から始まっているという感覚なのだ。この感覚には、未来を見た感じがある。

 

 

インターネットが当たり前の世代

このツイートまとめを見て、何年か前に話題になった動画を思い出した。iPadに慣れた赤ん坊が、雑誌をスワイプしている動画だ。スワイプしても何も変化がない雑誌に、不満そうに見える赤ん坊の映像が収められていた。

もうこの赤ん坊はインターネットありきの世界で生きていくのだ。僕のようなおっさんとは時代環境が違うってことだ。

「画面をタッチするだけで反応するの!?ボタン押したりしてないのに!?拡大縮小なんて、まるで魔法やがな!!!」とかいう感動もなく、この世界を生きていくことになるのだ。

 

「時代が変わるというのはこういうことなんだろう」と、この動画を見て思ったのを覚えている。今回のツイートまとめでも同じことを思った。

 

 

若者のテレビ離れ

若者のテレビ離れについては、僕もテレビが好きな人間として興味のある話題だ。若者のテレビ離れの理由として、自分がテレビの放送時間に合わせて行動する必要があるということが、もはや障壁になっていると以前このブログで書いた。

slices.hatenablog.com

それでも、この「テレビって動画が途中から始まりますやん」の感覚はなかった。でも確かにそうなのだ。テレビはこちらの都合と関係なく垂れ流しで放送されている。テレビのために自分の生活を調整する必要がある。もうそれは無理。

便利なネット動画を見ている僕たちは、もはやテレビに合わせるのは面倒くさいわけである。

 テレビ離れも納得の事実である。現代人は、テレビ配信の時間間隔では生きていないのだ。

 

テレビは祭りをやればいい

それでも、2〜3年に一度くらい放送される「天空の城ラピュタ」とか、サッカー日本代表の試合とか紅白歌合戦とかは視聴率をとる。これは祭り的感覚だと思う。

コンテンツを楽しむというよりは、体験なのだ。わかりやすい共通体験なのだ。それがネットを介してお祭り騒ぎになるのだ。そういう役割はまだテレビにあると思う。

 

 

おわり

便利なものに慣れてしまった後には、不便なものをわざわざ使わない。テレビのコンテンツの質は下がっていない。提供の仕方が時代と合っていないのだ。

たとえコンテンツは面白くとも、ネットでもそれと同じ動画が見れるのならばネットで見る。自分のタイミングで楽しめるから。

本当にテレビ離れってあるんだなあと実感したツイートまとめだった。

 

slices.hatenablog.com

 

 

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