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日々肉体は老いていく。それなのに筋トレなんかしてていいのだろうか

考え事 筋肉

f:id:slices:20160201080151j:plain著作者: liam_somerville

 

宇多田ヒカルがこんなツイートをしていたけど、

これは宇多田ヒカルがおっさんのキン○マを見慣れているから、このように感じたにすぎない。


僕たちの肉体は限られた資源だ。生まれた瞬間から老いていく。あれほど美しかった僕のキンタ○も、もはや見る影もないわけである。

時を経るだけで老いていくのだ。そうすると、筋トレやスポーツなどをして、自ら体を酷使するのはどうなんだろうと思った。

 

筋トレの良し悪し

僕は最近筋トレを始めた。ちょっと前に流行った体幹トレーニングなるものをやっている。昔から姿勢が悪いので、それを改善すべく始めたものだ。

やり始めると、効果を実感しやすかったので習慣になった。日々鍛えた筋肉を見て、成長しているのだなあと満足感を得ている。

 

でも、日常生活で必要な筋肉を鍛えているのかどうかは謎である。単に人からちょっとよく見られたいという一時的な欲望のためだけにやっているようなものだ。

日常生活で、よろめくことが多いとか、転びやすいとか、階段で息が上がるとかなら、筋トレもやったほうがいいんだろう。ダイエットもそうか。でも僕は、健康面で何か足りないからやっているというわけじゃない。

だとするとこれは限りある肉体という資源を不当に貪っていることにはならないか。 

 

アスリートの寿命

アスリートは長生きできないというイメージがある。幼少の頃から競争社会に身を投じ、体を酷使し続けるからだ。突出するために、普通の人間が持っている機能以上の肉体を作り上げなければならない。普通に暮らしている人よりも、肉体には多大な負荷がかかる。

フルマラソンは人間の中でもっとも体力のある者を決めるスポーツだけど、表彰台に上るアスリートはみんなガリガリで、体力のある人間には見えない。おかしな話だ。

 

結局バランスが大事

僕らは体を動かして生きている。当然、運動は必要なのだ。まあ色々と書いたけど、結局のところバランスが大事ということになる。

体にいい、脳にもいいとされるジョギングも、やりすぎるとダメだろう。かといって全く体を動かさないのも考えものだ。

それでいて、肉体には個体差があるし、何が自分に向いているのかはわからない。目で見たり耳で聞いたりして考えることも大事だけど、自分の体の声を感じるというのも大切なのだ。「Don't Think. Feel.」なんである。

 

おわり

運動は、好きならやればいいし嫌いならやらなければいい。もし健康を気遣うという目的で運動をするんだとしたら、ちゃんとバランスをとって、不当にやりすぎないほうがいいんだろうと思った次第である。

 

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