ベッキーvsマツコ・デラックス

最近ベッキーが話題になっている。恋愛関係のもつれがあったようだが、よく知らない。僕にとってはどうでもいい話だ。まあともかく、好感度の高さが売りのタレントであったので、結構なスキャンダルとしてワイドショーを賑わしているようだ。

 

ベッキーvsマツコ・デラックス

何年か前にラジオで聞いて、ものすごく納得した話がある。
伊集院光のラジオだった。そこで伊集院光が言っていたのは、ベッキー的な生き方と対極にあるのがマツコ・デラックス的な生き方だという。

 

この両者を比較すると、

ベッキー「世の中にはこんなにも楽しいことが溢れているから、ちょっと辛いことがあっても大丈夫」

マツコ「世の中は辛いことばかりだから、たまにある幸せを大切にしよう」

 

ちょっと記憶が曖昧なのだが、このような考察をしていた。性善説性悪説みたいなものだろうか。僕はこの考察が腑に落ちた。

世の中がどう見えているかという問題だ。世の中は別に変わらないので、自分の気持ちの問題ではある。どう捉えるかは自分次第だ。

それでいてもちろん、間にはグラデーションが広がっている。マツコよりダークな人間もいるだろうし、ベッキーよりポジティブな人もいるだろう。ただ、テレビでよく見る2人だから、わかりやすい対極として理解しやすいというだけである。

 

ベッキー的な生き方は辛いよ

僕はベッキー的な生き方は辛いと思う。もちろん、彼女がどんな人かはわからないが、そう思う。少なくとも、僕には絶対できないと思う。疲れる。

ベッキー的な生き方というのは、ポジティブで明るくて誰とでもにこやかに仲良くできる生き方だ。自己啓発本そのままのような感じだ。

僕も自己啓発本を読んだりすると一時的にポジティブにはなれるのだけど、すぐ戻る。平常はマツコ側だ。

 

マツコ的生き方

僕は圧倒的にマツコ的な生き方の方だ。日々、やりたくないことの方が多い。仕事はしたくないし、外には出たくないし、煩わしいことばかりだ。そして、大切な1日のうち、そういう煩わしいことをしている時間の方が長い。それなりに働かないと生活がままならないからだ。

そうすると日々嫌なことだらけのような気もしてしまう。話の合わない同僚と、尊敬に値しない上司に囲まれ、いやいや仕事をしている。今の職種にも興味がない。

だけどそんな日常でも、好きなことがやれているから煩わしいことも我慢というか、それほど深刻に気にせずに生きていけている。そんな人も多いと思う。みんな、交友関係や趣味など、仕事以外に好きなことを持って、それを糧に生きている。僕の場合は、音楽を演奏するのが何より楽しいし好きなので、それができていれば幸せに暮らせる。

 

 

最後に

今回のスキャンダルで、ベッキーはその生命線でもあるCMを下ろされたりするのだろう。芸能活動に支障は少なくないだろう。

だけど、生き方のグラデーションの中で、ちょっとマツコ側に寄っただけだ。僕にはその方が人間らしく思える。完璧人間の印象があったベッキーも、人間味が出て、より人気が出たりするんじゃないだろうか。

矢口真里みたいにしれっと中途半端に復帰するのではなく、スキャンダルもネタにして笑いとばして完全にキャラ転向したりすれば面白いけどなあ。

 

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