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制限から生まれる表現/ツイッターが140字制限をやめる?

ツイッターが文字数制限の撤廃を検討しているというニュースがあった。これまでの140字から1万文字まで増やすという。驚きのニュースだ。>>ツイッター 文字制限撤廃は改悪? | ガジェット通信

ツイッターフェイスブックと並べて語られるSNSだったけど、最近は存在感が落ちてきたと思う。逆にフェイスブックはどんどん成長しているイメージがある。ツイッターとしてはテコ入れが必要だと考えているのだろう。

 

制限から生まれる表現

制限されることによって、新たな表現が生まれる。表現の世界ではどんなことでもそうだと思う。

制限されたその枠組みを、どう使うのか。その枠組みの中ではみ出すのか、はみ出さないのか。枠組みを上手く利用して楽しむのが表現だ。

制限がなく、自由すぎても面白くない。節操がなくなる感じだ。

 

140字は絶妙

ツイッターは140字制限というのが絶妙なものであった。だからこれだけ普及したと言われている。

それまでのインターネットにあった、匿名の掲示板文化から記名の文化へ。これによって一貫した表現ができる。

ブログとも差別化できている。140字ということで簡潔な分、カジュアルだ。

そういう枠組みの中でツイッターらしい表現が生まれていた。

 

日本で強いツイッター

ツイッターは本国アメリカより、特に日本で普及している。

ツイート数はぶっちぎりだし、米TwitterのCEOが「サービス開始から約10年、日本のユーザーがTwitterの成長をけん引してきた」と語るほどだ。>>「日本人のTwitter好きは“異常”」――Twitter、開発拠点を日本に新設 世界に活用法を提案 (1/2) - ITmedia ニュース

 

140字での表現というのが、日本語と相性が良かったということだろう。

140字では簡潔な表現になる。それが今日のインターネットとうまく合っている。熟考しないでさらっと情報を得るには最適だ。

他に、宣伝ツールとして、紹介と共にブログやウェブサイトへの誘導をしたりできる。いい具合の使い方があって存在感があった。


一方で英語圏では、140字では表現の幅が狭いようだ。日本語なら漢字一字でも意味があるが、アルファベットだとそうはいかない。

なので文字数制限撤廃を思案しているのだろう。

 

 

媒体ごとの制限から生まれる表現

本、映画、漫画、アニメなど、エンターテイメントは全て同じ原作内容で作れても、それぞれ違った作品になる。それはそれぞれの媒体の良さがあるから違ったものが出てくるのだ。

 

例えば戦争のシーンがあるとして、小説では「一万の兵隊を率いて〜」と書けば済むものを、漫画でその情景を描こうとすると、異常なる書き込みが必要になる。だからそんな表現は少ない。書き手としては避けるだろう。逆にそれをどう埋めるか考えるだろう。

それでいて逆に、ベルセルクという漫画ではそんな数の兵隊でも描かれるからこそ、伝わってくるものがあったりする。

映画ではそんな数のエキストラを起用するとなるとコストがかかる。そういう現実的な問題を工夫して解決して素晴らしい作品を作るのがプロだ。

 


話が逸れてしまったけど、ツイッターの文字数制限は僕は反対だ。140字という制限があるからこそ、ツイッターのツールとしての価値があると思うからだ。

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