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第3の場所、スタバでドヤ顔ドヤリング

日記 考え事

スタバでドヤ顔という現象がある。これは、ノマドワーカー(そういえばもう聞かない)などがスターバックスで仕事をする様子を揶揄したものだ。ドヤリングとも呼ばれているようだ。なんか面白い響き。

d.hatena.ne.jp

ドヤという部分に絶妙な揶揄表現がある。ネット民の素晴らしい言語センス。僕も「家でやればいいのに」と、冷ややかに思う方だった。

 

僕はスタバでドヤ顔をしたことはないけど、最近、なぜスタバでドヤ顔が存在するのか、わかるようになってきた。

 

家だとくつろいでしまう

端的に家だとくつろぎすぎるのだ。

家というのは全てを自分用に設定した快適空間だ。酒は飲めるわ、そのまま寝れるわ、なんでもできてしまう。

そんな快適空間では、やらなければならないことや、やろうと決めたことがなかなか捗らない。怠けてしまう。

本が目に入るとなんとなく読み始めてしまう。その辺にあるお菓子とか食べ始めちゃう。眠いなあと思うと、ちょっとだけと思って目をつぶってしまう。

なんやかんや気が散って、気がつくといつの間にか1~2時間経ってしまう快適さがある。

 

ちょうどいい空間

適度な人の目が重要なのだ。人がゼロではなく、関わってくるでもなく。居心地が良すぎず悪すぎずという状態。

別に誰が見ているということではないけど、少し視線を感じるというのがいいのだ。ちょうどいい緊張感が生まれる。

 

仕事をするための場所が会社であり、くつろぎ休むための場所が家である。その2つに割り切れない間を埋めている空間がスターバックスなのだ。

会社では集中できない仕事もあるのだろう。自分の仕事中に邪魔が入ることもあるだろう。上司に部下、気が散ってしまうコミュニケーションが発生しやすい。

スタバが提供しているのは、コーヒーとともに家でも職場でもない第3の場所なのだ。「戦略は一杯のコーヒーから学べ!」って本に確か書いてあった。(今度再読してみよ)

 

逃げ出せない環境づくり

全く僕はバカなのでそういうことに今更気がついた。学生時代、図書館で勉強していた人たちはこのことがわかっていたのだ。

学生時代からすでに客観的に自分を見れている。家では自分は怠けちゃうから、逃げられない場である図書館に行こう。行ってしまえばあとは勉強するしかない。そういう環境を自分で作り出していたのだ。

学生時代からそれができるなんて、全員もれなく頭いいんじゃないだろうか。きっと、地頭がいいってそういうことなんだろう。

 

 

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