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モノクロームのおしゃれなドイツ映画「OH BOY/コーヒーをめぐる冒険」

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またドイツ映画を見た。「コーヒーをめぐる冒険」、モノクロームでおしゃれな感じのする映画だ。原題は「OH BOY」。邦題のようにコーヒーをめぐる話とも言えるけど、冒険ではない。等身大の若者の悩みを描いた良作だ。


大学をドロップアウトしてぶらぶらとモラトリアムを過ごす青年ニコが主人公。

とある1日の出来事。彼女の部屋で目覚める。父親と会う。友達と会う。そのあとに一息入れたい時、コーヒーが飲めない。持ち合わせがなかったり、コーヒーマシンが故障していたり。

それを軸に物語が進む。とにかくついてない青年ニコの散々な1日。その1日をモノクロームのベルリンの街並みと素敵なジャズが包み込む。

 

ダメだけど優しいニコ

主人公のニコは無賃乗車をしたり、大学中退を親に言わず仕送りで生活していたりとなかなかにダメな人間だ。だけど、とても情深い青年だった。

孫と暮らすおばあちゃんの話し相手になったり。絡んできたおじさんの話を最初は反発するものの、結局最後まで聞いてあげたり。

僕はそんなニコが好きになって映画に入り込んでいった。冒頭は彼女と一夜過ごした朝、その日の夜も彼女に誘われたのをニコが断るシーンから始まる。理由は釈然としない。なんだよイケメンモテモテクソ野郎が主人公かよと思って、嫌いから始まったんだけど。

 

立ち止まって考える

人々が慌ただしく過ごしている。そこに何となく馴染めない感じが共感できる。

自分がやってしまった過ちとか、社会の不条理とか。立ち止まって考えることも必要だと思うのだ。自分はおかしいと思うことに対して、疑問を持たずにやり過ごしている人々に違和感があるのだ。

そんなこと考えていないで、行動したほうがいいということはわかっている。行動すれば道が開けて転がり出すことはわかっている。

ただそうすることで、今感じている違和感を置き去りにしてしまう気がする。見ないようにして忘れてしまうのは違うんじゃないかと思うのだ。

僕はモラトリアムの時期、そんなに考えてなかった。ただただ逃げていただけのような気がする。そうこうしているうちに、いつの間にか青年から中年になった。

 

 

散々な1日を過ごして、また朝を迎えて映画は終わる。ニコはきっと大丈夫だろう。前向きに解決できたわけじゃないし、この社会が不条理なのは変わらないけど、そんなことを思えるラストだった。

この映画は2013年ドイツ・アカデミー賞を受賞した作品らしい。ドイツの複雑な歴史背景を考えさせられる、でもそれほど重くない素晴らしい映画だった。

 

少し苦いけれど心を温めてくれる、一杯のコーヒーのような物語が完成した。

映画「コーヒーをめぐる冒険」オフィシャルサイト -- イントロダクション・ストーリー --

www.youtube.com

 

 

 

 

 

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