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スマートフォンが駆逐したものと、スマートフォンの登場時に誰も予想していなかったこと

スマートフォンのおかげで便利に暮らせる様になった。もうなくてはならない存在だ。スマホ以前は携帯電話がないと落ち着かないという人に同意できなかったが、今ではスマホがないと落ち着かない人間になってしまった。依存症と言えるほど使っているかもしれない。

 

スマートフォンが駆逐したもの

スマートフォンが駆逐したものは結構たくさんある。

カーナビは言わずもがなだろう。僕は車必須の田舎に住んでいるのだけど、グーグルマップは大変に重宝している。自家用車に据え置きのナビは付いているのだが、これよりもはるかにグーグルマップの方がいい。

最近の車だとナビを起動してハンズフリーで目的地検索などができるようだけど、それは高級車などのオプションだったりする。普通に売られているようなカーナビはタッチの感度が2昔前くらいの感じがある。当然フリック入力もない。より便利なフリック入力やタッチの感度を体感した時点で、それ以外のものには煩わしさを感じてしまう。加えて、グーグルマップストリートビューは高額なカーナビだったとしても、ない機能だろう。

スマホだと画面が小さいのが難点ではあるけど、それを補って余りある。


スマホのカメラはコンパクトデジタルカメラを完全に駆逐したと思う。もう周りに持っている人は見ない。カメラが趣味という人でない限りはスマホで事足りている。

コンデジと共に、ビデオカメラもスマホに食われてしまっているのではないだろうか。友人にスマホで子供の動画を見せられるなんて機会があったりする。ビデオカメラでしか動画が撮れない時代にはありえないことだ。まあ大体はリアクションに困るのだけど。


mp3プレイヤー、いわゆるデジタルオーディオプレイヤーももう買わない時代になってきた。スマホと別にmp3プレイヤーを買うくらいならスマホの容量を増やす方が経済的だろう。僕は音楽が大好きなので、最大容量にしてもスマホに入りきらないくらいの音源があるけど、それでも別にiPodを持とうと言う気にはならない。iPod classicは確か生産終了してしまったし。


ゲーム機業界も打撃を受けていると思う。特に携帯ゲーム機は売れないだろう。少し前からテレビでは圧倒的にソーシャルゲームのコマーシャルが増えた。プレイステーションのコマーシャルはもう見ない。

 

 

ライトユーザーが満足する

これだけスマホが駆逐したものがあるし、もっとあるかもしれない。腕時計とかICレコーダーとか。

ただ、その全てを駆逐したわけではない。どの分野も生き残るものはある。カメラならデジタル一眼レフが手に入りやすくなっているし、デジタルオーディオプレイヤーはハイレゾなんてものもある。その分野ごとで、最上級なものはスマホでは代用できない。エクストリームなものと一般的なものと二極化している

ここで語りたいのは、僕のようなライトユーザーがスマホに流れているということだ。

写真を撮りたいならカメラを買うしかなかったり、音楽を持ち歩くならウォークマンが必要だったりした時代は過ぎた。それほどこだわりがないのなら、スマホで代用できる。そのクオリティがある一定のラインを超えたのだと思う。

ある一定のラインというのはうまく言葉にできないのだけど、使いやすさだったり値段などの部分だ。そこに満足できるクオリティをスマホが持っている。

例えばゲームであるなら、ゲーム的な、自分で操作して楽しむなどの感覚はスマホのゲームで満足できる。そうすると、ライトユーザーはその先の携帯ゲームや据え置き型のゲームへ食指を伸ばすまでには至らないのだ。

 

一つに集約、さらに無料

いろんなものがスマホというひとつの道具(デバイス)に集約されている利便性は大きい。これがライトユーザー層を加速させる。携帯電話はもはやとっくの昔にインフラと言えるから、そこに乗っかるサービスは普通に使う。使ってみて満足したら、エクストリームまではいかない。

無料のアプリが多いことも重要だ。グーグルマップがいい例で、あのクオリティで無料ならカーナビを買う理由が思い浮かばない。これが無料ならお金出すのはバカバカしいよねって思う。

 

スマートフォンの登場時に誰も予想していなかったこと

スマホが出てき始めの頃には誰も予想していなかったと思うのだが、今は普通になっていることがある。それは家でもスマホを使うようになったということだ。

これはあまり予想されていなかったことではないだろうか。スマートフォンはモバイル端末であるから、家に帰れば母艦であるパソコンを使うと誰もが思っていただろう。

だけれども、単純にスマートフォンは圧倒的に「使いやすかった」のである。

後出しじゃんけんではあるけど、これは携帯電話が普及した流れを考えれば簡単に理解できることでもある。携帯電話が普及した時、固定電話の力はまだあったと思う。だけど、携帯電話がある一定のラインを超えた時(電波が悪くて聞き取れないだの、通話料が高いだのの時代があったなあ)、もう家に固定電話があってもみんな携帯電話を使っていた。

それと同じことがスマートフォンとパソコンの間で起こったと考えればいい。

 

 

ガラケーの人、いますか?

長々とスマートフォン礼賛の記事になってしまったけど、本当に心の底から便利になったなあと思う。

未だにガラケーの人も意外にいる。高齢者以外の未だにガラケーの人は、「スマホって便利なの?」と懐疑的な人や、「まだガラケー壊れないから」とか、ちょっと斜に構えた理由でスマホにしない人が多いように思う。ちょっとイラッとしてしまうような感じがある。

だけど未だにガラケーの人は、「まだスマホの便利さを知らないがゆえにガラケーから乗り換えた時の便利さによる感動を残している状態の人」である。そのことに嫉妬する。それほど僕はスマホは道具として本当に便利だと思っている。

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