なぜ説教くさい人がいるのか?説教くさい人の生態と、どんな説教なら聞くべきかという話

僕の会社には説教くさい上司がいる。
話が長い、説得力がない、押し付けがましい、そんな感じの人だ。酒に酔ってなくても説教くさい。

自分が喋りたいことを、上の立場なのをいいことに長々と喋る。話すことが好きなようで、ふんふんとこちらが積極的に相槌を打っているとだんだん自分に酔っていくのだろう、マシンガントークになる。こちらが口を挟む余地はない。

その説教はだいたい最後には同じような結論になる。僕に対しては、彼女つくれだの結婚しろなどの結論だ。

 

参考にならない説教

こういう人の説教は参考にならない。多分、他の人にも同じようなことを喋っている人だ。説教の内容が、自分の経験に基づくことだけなのだ。それは決して悪いことではないけれど、その経験が誰にでも当てはまるはずがない。人はそれぞれ違うという概念がないのだ。


結婚したい人もいるし、したくない人もいる。したくてもできない人もいる。

「俺はこの会社で働いて結婚して子供ができて家建てて幸せだからお前もそのようにしろ」と。長々と、そういう風に聞こえてしまう内容のことを言う。

田舎に住んでいるということもあるし、そういう一般的な幸せもあるのはわかる。だけど、その人に限っては僕には幸せそうには見えない。あんまり楽しそうじゃない。

自分がやってきたことを肯定したいが為に、自分に言い聞かせるように説教しているように思えてしまう。

自分が歩んできた道を否定したくないのだ。そしてその道に共感され、認められたいのだ。きっと自分と違う道を歩む人がわからないし怖いのだろう。

 

説教くさい人の生態

結局のところ説教くさい人の生態はというと、承認欲求と自己顕示欲が強い人なのだ。

この2つの欲望は人には必ずあるものだと思うけど、この人は全然満たされていないのだろう。

僕が何か会社のことを話題にすると長々と喋り出すし、その結論はだいたい同じようなものしかでてこない。利害関係からくるんだろうなと分かりやすい話しかない。紋切り型で面白くない。だから、なかなか仕事の相談相手とはなりえない。

そんなだから、下のものからは慕われていない。負のスパイラルと言える。

 

どんな説教なら聞くべきか?

ではどういう説教なら参考になるのか?それはこの人と逆を考えればいい。

経験してないことでも知識や想像力を働かせて、こちらの状況を把握して考えて話してくれているかどうかだ。

「こっち曲がったら速いよ」とか、「この道なら景色が良くていい気分になるかも」とか、「この道は広いから歩みやすいかもしれないよ」とか、自分の歩んできた道だけではなく、いろいろな道を提示してくれる人だ。その上で自分の経験を踏まえて語れる人だ。

人はそれぞれ、性差や育ってきた環境の違いから、様々な考え方があるという前提を持っているべきだと思う。

僕は尊敬する人や幸せそうな人の説教(アドバイス)ならしっかり聞きたいし、むしろ自分から聞く。そもそも、そういう人のは説教と感じないのだけど。こんな風にごちゃごちゃ考えず、説教くさいと感じてしまった時点で、もうそれまでなのだ。

話好きの説教したがりからは逃げ出したほうがいい。

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