ガムを買わない僕はキシリッシュ派。

僕はガムを噛む習慣がない。ほとんど買うこともない。昨日、出先で急に猛烈に催したのでコンビニへ急行、放出。緊急事態とはいえ、マーキングだけでは失礼。そういう時にはガムを買うのだ。

お菓子としてのガムは嫌いなので、眠気覚しとか、キシリトール系の健康に良さそうなものを買うようにしている。

そうするとキシリッシュか、キシリトールガムの2択になる。共にどこでも売っている。片方が売っていて片方が売っていないということはまずない。


こういった、歯に優しい系のガムの先駆者としてはキシリトールガムが思い浮かぶ。元祖的な佇まいがある。

だけど僕はキシリッシュ派なのだ。ガムが好きではないのに派閥を宣言するのは矛盾しているようだけど。

キシリトールガムを買ったこともあるし、キシリッシュを買ったこともある。その上でキシリッシュ派なのだ。

味の違いはわからない。両方とも美味くないし不味くもない。そもそも味わうものではない。

 

 

ならなぜキシリッシュ派なのか?

それはキシリッシュの細やかな気配りに惚れこんだからだ。

 

まず、ケースがしっかりしている。サッと引き出して、お行儀よく並んだガムたちを選び放題。(同じ味)

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次に、ガムの包み紙が大きい。ただガムを包むための紙でもあるが、食べた後のガムを包むのに使いやすいように大きくなる。「吐き捨てたり飲み込んだりしたらダメだぜ」という無言の紳士的メッセージ。そういうものにわたしはなりたい。

これが、

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こう。

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最後に、ガムが半分以下の量になった時には、ケースが半分に。

このくらいになったら、

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こうして、

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こう。

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ともかく素晴らしい気配りなんである。たった100円の商品なのに、買い求めた人がどう使うかまでしっかり考えいている。お客さんに対する想像力がある。圧倒的ホスピタリティ。まごころを、君に


こういう親切に一度でも出会ったら、僕のようなガムなんてなんでもいいって人でもリピーターになる。ガムを買うなら、どうせならキシリッシュにしようってなる。

当然この記事もキシリッシュを噛みながら書いている。明治製菓の優しさを噛み締めながら。

 

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