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性格は育ってきた環境の相対的なキャラクター分けで決定される

考え事 考え方の備忘録

ちょっと前のニュースだけど気になっていたので備忘録。

healthpress.jp

育ってきた環境は人を大きく左右するものだと思う。
しかしながら、経験則としてなんとなく認識していた、「長男はしっかり者、末っ子は甘えん坊」などというのは間違いだったようだ。


そのなんとなくの認識は、この記事から引用すると

第一子
学業が優秀で意欲的。責任感が強く、分別があることも多い。加えて、他のきょうだいよりもリーダーシップスキルに優れる傾向がある。

真ん中っ子
協調性にあふれ、柔軟性や社交性に富み、友だちづくりも得意。両親からの注目度が低めなため、のびのびとしつつも目立ちたがり屋。

末っ子
感じが良く魅力的。ほかのきょうだいよりも創造的で自信家が多い。甘やかされやすく常に庇護されるため、一般に責任感や分別に乏しい傾向も。

一人っ子
学業優秀で創造性にあふれ、機知に富む。大人をお手本に早くから分別を身につけ、責任感も強く、物事をコントロールすることを好む。

 というものだ。共感できるものだと思う。


この記事では、兄弟関係は人格形成に関連がないということが統計でわかったとしている。それも2万人が対象の統計であるから、信憑性の高いものだろう。

この統計をもとに考えてみると、確かに長男でもしっかりしていない人はいるし、末っ子でも真面目すぎるくらいに真面目な人もいる。

そもそも僕自身が3人兄弟で2番目なのだけど、ここで挙げられている性格認識の真逆と言っていい。

とはいえ、生まれたときから暮らしている家族から、なんの影響もなく育つというわけがない。

親の影響を存分に受けて第一子が育ち、第一子を育てた親と第一子の影響を受けて第二子が育つ。そして、第一子と第二子を育てた親と以下略。普通になにごともなければ、その連鎖だ。

生みの親より育ての親という言葉がある。育ってきた環境というのはどうしたって人格形成への影響は大きい。

 

相対的にキャラクターが分かれていく

僕は他人が判断する性格というのは、相対的なキャラクター分けのような気がしている。つまり、兄弟の中でしっかりしている者があれば、他の者はそれに反発するか、しっかりしなくても良いと甘える、みたいなことがあるのだと思う。

これは大人になっても同じことで、人は集団になればなんとなくキャラクターが分かれてくる。会社にいても人の異動があった後などに気がついたりする。それは当たり障りのない会話などで思うことなのだけど。空気を読むってことにも繋がっているのかもしれない。

盛り上げ役が去った後は、残された他の誰かがそれを引き継いたり、その場にいるいじりやすい奴をいじって盛り上げたりするようになる。これまではあまり毒を吐かなかった人が、毒舌キャラが去ったら徐々に毒づき始めたり。そういうバランスの中に集団のコミュニケーションはあるのかもしれない。

今書いていて、テレビ番組の出演者の椅子の取り合いみたいなものだなと思った。テレビは飽きさせないために、そのキャラクターが定期的に入れ替わる。


僕は妹を見ていると、3番目に生まれたかったなあと思う。

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