記憶の残り方、車の中のボックスティッシュ。

車に置いてあるティッシュを使うと、思い出すことがある。このティッシュを買ってくれた友人のことだ。

僕は免許を取るのが遅かった。25歳くらいだろうか。免許をとるとすぐに車を買って、まだ買ったばかりのその車で友人とドライブをした。取りたての免許と買ったばかりの車で、運転がまだ楽しかったころの話だ。


その車の中にはティッシュがなかった。タオルとかゴミ袋とか、車中にあれば便利なものはまだ何もなかった。

友人は花粉症だったか、その時たまたま風邪気味か何かだったと思う。「ティッシュもないの?じゃあ買おうよ」と言う。僕には必要なかったけど、とりあえずコンビニに買いに行った。

その友人は「せっかくだからコンビニで買える、一番高級なティッシュを買ってやるよ」と言った。そしてなんだか上品なデザインの大きめのボックスティッシュを買ってくれた。その時僕も使ってみたら高級なものなのか手触りがよく、確かに使い心地のいいテッシュだった。

それから、友人は住まいも変わり子供ができたりいろいろあって、僕から連絡するのはなんとなくためらってしまい、疎遠になった。



僕は引きこもり気味でそれほど車に乗らないので、あまりそのティッシュを使う機会がなかった。後部座席の足元、運転席の真後ろに置いてある。そのティッシュは普通のより少し大きい箱のものなので少しかさばるのだが、その場所はちょうどよかった。目につかない場所だから使うことも少なかったんだろう。そういうわけで、あれから何年経っても置いたままだ。

ほとんど使うことがないそのティッシュ。一年単位で使わなかったこともあったと思う。たまに使う時にはふと、友人のことを思い出す。

あいつは僕にティッシュを買っただなんて些細なことは覚えていないだろうし、僕も何もなければ思い出さなかっただろう。でも、僕が買わないような箱の、普段の手触りとは違うそのティッシュを使うと、思い出す。

モノがそこにあるという意味は大きい。そのモノを見て、さわって、なんでもなかったあの日のことを思い出す。

そうして思い出して、あいつは今なにをやってるのかなあとか、元気にやってるかなあとか、久しぶりに連絡とろうかなあとか思う。あの頃はこの車を買ったばかりで、よく運転していたなあとか、その時期のことまでつらつらと思い出したりする。


そのティッシュはこれからも大切に使おうと思う。モノではないけれど、こうやってブログに残す意味もきっとあるだろう。

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